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地震

おはようございます。

東日本大震災(M9.1)と福島第一原発事故から 13年 (5037日)です。

元日の令和6年能登半島地震(M7.6)からまもなく 1年(357日)です。

12月25日(水曜日)で、ソ連邦が崩壊(1991年)し、東西冷戦が終結してから 33年 が経過します。

南海トラフ臨時情報「 巨大地震注意(8月8日〜15日17時終了)」が初めて発表されてから4ヶ月(138日)です。


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※年末年始休業のお知らせ
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12月28日(土)〜1月5日(日)まで

この期間のご注文の配送、及び、お客様へのメール返信はお休みとさせて頂きます。
年始は、1月6日(月)より始業となります。

※年末年始は配送がとても混雑しますので、 年内のお届けをご希望の方は、早め早めのご注文をお願いします。
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間もなく仕事納めですね。

朝晩と冷え込みも強まってきました。

今週は、太平洋側の地域では晴れ間も多いものの、全国的に気温も低く推移するようです。

週末の仕事納めの頃には、冬型の気圧配置が強まる予報もあり、とくに日本海側では雪や雨も多く、北日本や北陸、東北の日本海側では大雪への警戒が必要そうです。

すでに日本海側の山沿いを中心に雪が強まり始めていますので、さらなる大雪と除雪時の事故などに、ご注意下さい。

クリスマス(12月25日)頃は、いったん冬型の気圧配置が緩むことが予想されていますので、年末年始の買いだしや、デートなどお出かけのチャンスかもしれません。


―さて、南海トラフ地震の臨時情報と言えば…。

安政東海・南海地震(1854年12月23日〜24日)

江戸時代の嘉永7年11月(1854年12月末)に、日本国内の最大クラスの地震とされる南海トラフ巨大地震「安政東海地震」と「安政南海地震」が二日にわたって連続発生してから、今日でちょうど 170年 が経ちました。


当時の地震被害については、過去のコラムを参照ください。

※関連コラム
「安政東海・南海地震」の詳細解説(2023.11.06)


有史以来、南海トラフ巨大地震は、同じ地域で、何度も、くり返し、発生してきました。

この規模(マグニチュード8〜9クラス)の巨大地震が、これほどくり返し発生するのは世界的にも稀だといいます。

判明しているもので、東海地震(震源は駿河トラフ)は、

684年(白鳳地震)、887年(仁和地震)、1096年(永長地震)、
1498年(明応地震)、1605年(慶長地震 *諸説ある)、
1707年(宝永地震)、1854年(安政東海地震)

と7回ほど確認されており、

南海地震・東南海地震(南海トラフ)は、

684年(白鳳地震)、887年(仁和地震)、1096年(永長地震)、
1361年(正平地震)、1498年(明応地震)、
1605年(慶長地震 *諸説ある)、
1707年(宝永地震)、1854年(安政南海地震)、
1946年(昭和南海地震)

と9回ほど確認されています。

そして、この地震のくり返しの間隔は、概ね100〜150年間隔だろう、と考えられています。

すると、前回の発生(1854年)から、2024年現在で、すでに170年が経過していることから、いつ起きてもおかしくない、と言われている訳です。

大昔の記録のうち、684年(白鳳地震)から1361年(正平地震)までをみると、くり返しの発生間隔が200年〜260年に一回の割合で、だいぶん幅があるように思いますが、これは、記録自体が残っていなかったり、古い記録や史料が散逸していて、地震記録が分らないだけ、の可能性が高いと考えられています。

現在、政府では、次の南海トラフ巨大地震の発生確率を、「30年以内に70%〜80%程度」と試算しており、このまま対策を取らないと、最大で犠牲者は約32.3万人、全焼・焼失する家屋は最大約238.6万棟、避難者は最大で約500万人に達すると試算しています。


先週12月20日(金曜日)、政府の内閣府で、今年8月に初めて発表された「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」で、対応に苦慮した自治体や企業が多かったことを受けて、情報を発表する際には、内閣府と気象庁で合同会見を開く方針など、改善策が取りまとめられました。

各種報道によると、その改善策では、

防災対応は、報道機関との連携を強化し、「日頃の備え」と臨時情報発表に伴う「特別な備え」で分けて記載するなどし、明確に違いを示すことで、直観的に分かりやすい説明をしたり「デマ(偽・誤情報)」と「買いだめ」や「買い急ぎ」への注意喚起を合わせて実施することや、また、地震発生確率については、巨大地震の「注意」と「警戒」でそれぞれパーセントを表示することなども盛り込まれました。

内閣府では「巨大地震注意」が発表された場合は、一週間は避難経路を確認しつつ、すぐに逃げられる対応をとりつつ、社会経済活動も継続するよう呼びかけるとしています。

※関連コラム
南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)の発表に思う(2024.08.12)

逃げられるようにしながら、普段通りに生活を…とは、どうにも矛盾を感じずにはおられませんが…。

いずれにせよ、地震の発生は完全に予知することはできず、そのために、日頃からの備えの充実をはかること、日常的な防災意識を各自が持って生活をすることが望まれる、ということを政府は言いたいのでしょう。

ここに抜けているのは、臨時情報発表時には、家族や社員の安否確認の方法を再確認したり、津波などの危険がある地域の場合は、自宅や会社などからの避難経路を見直したり、発災直後に“命を守る(第一波から生き残る)”ための喫緊の課題を各自で考えておくことが必要かな、と私は思います。


―さて、巨大地震と避難と言えば…。

スマトラ島沖地震津波(2004年12月26日)から20年

2004年12月26日、バンダ・アチェ沖を震源にマグニチュード9.1の超巨大地震が発生し、平均10メートル、最大51メートルもの大津波が数回にわたってインド洋沿岸を襲いました。

「スマトラ島沖地震津波(インド洋大津波) 」では、インド洋沿岸の14か国で死者23万人、重軽傷者13万人という人類史でも特質すべき未曽有の被害となりました。

この地震の直後(2005年1月)、ある少女が話題になりました。

タイのプーケットのホテルにバカンスで家族と泊まっていた10歳の英国人少女ティリー・スミス(Tilly Smith)さんは、地震発生時にホテルから離れたビーチに家族らといました。

ティリーさんは、地震の2週間前に学校の授業で習った津波の前兆現象のことを思い出し、両親と7歳の妹、ホテルの従業員スタッフや周りの観光客らを説得し、ビーチとホテルから避難したことで、100人以上の人達の命を救いました。

日本でも、東日本大震災(2011年)の際に、小学生らが声を掛けながら率先して高台へと避難することで、結果的に、多くの人たちの命を救った逸話「釜石の奇跡」が話題になりました。

適切な避難につながったのは、どちらとも、事前に津波教育を受けていて、知識として津波の怖さを知っていたということです。

イギリスの小学校で津波の授業を行った地理の担当教師のアンドリュー・カーニー先生は、

《 教育の力とは、本来は成功と失敗を学ぶのですが、災害現場では、それが生死の違いを生んだのでしょう。教育が無ければ人は無力なのだと思います。 》

とインタビュー内で語っています。

そして、物理学者の寺田寅彦は、災害を《 正しく怖れる 》ことが必要だと述べました。

つまり、地震、火山噴火、津波、台風、パンデミックなどの災害を、それぞれ知ることが大切であるということです。

知識は身を助く、ということですね。


津波の翌年、2005年9月、11歳となったティーリー・スミスさんは、英国最大の海洋団体「マリソサエティ」から優れた人命救助の功績が称えられ「トーマス・グレイ・メダル(特別賞)」を受賞しています。

※関連する記事
思則有備 > 寺田寅彦の「正しく怖れる」の名言
https://shisokuyubi.com/bousai-kakugen/index-72

コラム > スマトラ地震外交騒動(2005.08.10)
https://shisokuyubi.com/chief-column/index-137

ティリー・スミスさんのインタビュー映像
https://www.youtube.com/watch?v=V0s2i7Cc7wA


―海外の歴史的巨大地震と言えば…。

メッシーナ地震(1908年12月28日)

メッシーナは中世シチリア王国の首都として栄えたイタリアのシチリア島北東部にある大都市です。

人口23万人、メッシーナ海峡に面する商工業・港湾都市で、地中海貿易の重要拠点として大いに栄えてきました。

その歴史は古く、古代ギリシャの植民都市までさかのぼり、ローマとカルタゴの第一次ポエニ戦争(紀元前264〜紀元前241)の舞台となり、
17世紀にはスペイン帝国の手によって巨大要塞(レアルチッタデッラ要塞)が建造され、中世にはヨーロッパに黒死病(腺ペストのパンデミック)が最初の上陸地点となるなど、数多くの歴史的事件にもその名を刻みます。

西ローマ帝国の崩壊後は、西ゴート族、ビザンチン帝国、東ゴート族、アラブ人、ノルマン人、シュヴァーベン人、イングランド(リチャード1世獅子心王)、ナポリ(アンジュー家)と
バルセロナ(アラゴン家)やスペイン(ブルボン家)らによって支配され、戦争ばかりの中世ヨーロッパ史を凝縮したような都市なのですね。

直近では、第二次世界大戦で連合国軍による空爆で、甚大な被害を受け、そして、この地域は、地震が多い土地でもあり、1783年、1894年、1908年には大地震がくり返し発生してもいます。

歴史的にたび重なる戦争と大地震を体験し続けた都市ですが、ヨーロッパを代表する要衝の港町のため、破壊される都度、再建をくり返してきました。

そのため、古い歴史があるヨーロッパの都市でありながら、歴史的建築物のほとんどが残っておらず、メッシーナの市街地はきわめて近代的です。


1908年12月28日、早朝5時20分27秒、シチリア島とイタリア本土(カラブリア州)の間にあるメッシーナ海峡の浅いところでマグニチュード7.2の大地震が発生しました。

ほとんどの人が就寝中だったため、古い建物の倒壊に多くの人が巻き込まれ、地震から約10分後には、最大12メートルの大津波が押し寄せました。

メッシーナ(当時の人口14万人のうち死者8万人)と近隣のレッジョ・ディ・カラブリア(当時の人口4万5千人のうち死者1万5千人〜4万人)では、

住民の約半数を失う死者11万人というヨーロッパ史上で最悪の地震災害となりました。

メッシーナの役人と警察部隊のほとんどが全滅し、刑務所から逃げだした囚人たちが略奪者となって死体を漁り、農民もこれに加わったため、震災から2日後、イタリア海軍と陸軍がメッシーナに送られ戒厳令が発令されたといいます。

メッシーナの建造物の約9割が全壊する壊滅状態となり、あらゆる通信・交通手段も寸断されてしまったことから、
当時のイタリア首相(ジョヴァンニ・ジョリッティ首相)に震災の第一報が伝わったのは、その日の深夜となったそうです。

震災は世界中でトップニュースとして伝わり、国際赤十字は、ロシア艦隊とイギリス艦隊、フランス海軍、アメリカ海軍の協力を得て国際的な救助活動が迅速に行われました。

翌年1909年から始まった都市再建計画では、耐震化が義務付けられ、建築家(ルイジ・ボルツィ)の新たな都市計画により、近代的レイアウトの建物が、旧市街の瓦礫の上に再建されました。

震災翌年、旧市街の人口は2万人近くまで減少したそうですが、すぐに復興のための労働力として近隣から移民が大量流入し、1911年までにメッシーナの人口は12万7千人に増加しました。

ただ、政府の再建の遅さ、や、地震後に建てられた住居や建築物の耐震性の欠如などへの批判も多数あったといいます。

メッシーナは、1908年の大地震と、1943年の第二次世界大戦中の連合軍の爆撃を経て歴史的建築物が激減したことから、今日では「記憶のない街(”the city without memory”)」などと呼ばれることもあるようです。

乃東生(ないとうしょうず / なつかれくさしょうず)

12月22日(日曜日)は、七十二候(1年を72に分けた暦)の「 乃東生(ないとうしょうず) 」でした。

冬至(12月21日)のあとの暦の第一候(七十二候)には、「 乃東生 」を迎えます。

乃東(ないとう)とは、冬に芽を出し、紫色の花を咲かせ、夏に枯れる草花「かこそう(夏枯草(なつかれ草))」の古名なのだそうで、漢方薬に用いるシソ科の「靫草(うつぼ草)」のことを言うのだそうです。

つまり、歴では、このなつかれ草が芽を出しはじめる頃です。

実は、夏至(6月21日)の後の第一候にも「乃東枯(ないとうかるる)」という「乃東生」と対をなす七十二候があります。

こちらは、夏至の頃、雨水をたっぷり含み、梅の実が色づき、草木が生い茂るなかで、なつかれ草だけが枯れていく様子を表しています。

雪の降り積もる最中に、春を思わせる“紫色の花”咲く様を古人はどう感じたことでしょうか…。


中国の明の医者・李時珍の著書『本草網目』(1596年)には

《 夏枯草即ち乃東。乃東(ないとう)は、瘰癧(るいれき=リンパ節の腫れ)、脚気を治し目を明し肝を補う 》

とあり、日本でも古くから漢方の民間薬草として利用されてきました。

うつぼ草という和名は、寺島良安著『和漢三才図会』(1712年)によると、

《 穂の形、矢筒の靭(うつぼ)の如し、故に俗名を宇豆保草(うつぼぐさ)と云う 》

とあり、武士が背負った矢入れの靭(うつぼ)に似ていたから、というのが定説だそうですが、
ところが、江戸時代の本草学解説書『本草網目弁蒙』(1803年)には、

《 うつぼ草は徐州夏枯草にして真物に非ず 》

と書いてあって、夏に枯れない“なつかれ草”である徐州夏枯草という別の種類であり、これは本来の“なつかれ草”ではないが、効用は近いので代用が出来る、と解説されているのだそうです。

…という訳で、江戸時代の本草学者は、正確には、夏枯草(なつかれ草)と日本の靫草(うつぼ草)を別のものとも考えていたようです。


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◆執筆者
SEI SHOP(セイショップ)総合プロデューサー
平井敬也(ひらいひろや)

防災士(日本防災士機構登録No.040075)、日本人間工学会会員。
1970(昭和45)年、東京都世田谷区生まれ。神奈川県横浜市在住。日本大学大学院で安全工学・人間工学を専攻。大学院修了後、大手ゲーム製造メーカーに入社、企画開発、PL(製造物責任法)担当や品質管理(ISO9000)に携わる。2001(平成13)年、災害用長期備蓄食〈サバイバル®フーズ〉の輸入卸元、株式会社セイエンタプライズ取締役に就任。阪神淡路大震災で家族が神戸で罹災、日常の防災意識や危機管理の啓蒙普及を企図した無料メールマガジン『週刊防災格言』を07年よりスタート。毎週月曜日に防災格言を発信し続け2万人の読者を得ている。
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