おはようございます。
東日本大震災と福島第一原発事故から 13年 (4981日)です。
元日の令和6年能登半島地震からまもなく 9ヶ月(301日)です。
南海トラフ臨時情報「 巨大地震注意(8月8日〜15日17時終了)」の初の発表から
2ヶ月半(82日)です。
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◆セイショップからお詫び◆
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ただいま、8月8日の日向灘地震と南海トラフ地震臨時情報発表に伴い、サバイバルフーズをはじめ、保存水、トイレ処理剤など、多くの製品で欠品が出たため、納品にかなりのお時間を頂いております。
*現在の在庫状況について詳しくは下記をご覧ください。
ご注文について重要なお知らせ
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◆サバイバルフーズ・サプリメント入荷のお知らせ◆
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7年保存の栄養機能食品「サバイバルフーズ・サプリメント」の「マルチビタミン&ミネラル」が販売再開となりました。
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令和の米騒動
さて、今年の夏から
「令和の米騒動」などと言って騒がれた全国のコメ不足。
この秋に収穫された新米がおいしい季節を迎えた現在は、コメ不足もだいぶん解消されてきました。
ただ新米のお値段がとても高いようです。
今月10月18日に総務省が発表した9月の全国消費者物価指数では前年9月と比べ、コメが「44.7%上昇」と1975年以来の49年ぶりの高価格水準とのことです。
今年、日本の減反政策が悪い、との議論も再燃したようですが…、
今回のコメ不足の背景には、昨年(2023年)の猛暑から続く不作と、円安による様々なものの価格の上昇が要因にあるのだそうです。
稲穂は、高温が続くと、コメ内部に亀裂が生じたり、育ちが悪くなったりし、それらのコメは流通で取り除かれるために、供給量も総じて低下するのだといいます。
また、8月10日から一週間ほど続く「お盆」の夏休みの時期の直前に、南海トラフ臨時情報が発表されて、テレビでは、連日「備蓄を推奨」するようなテロップが流れ続けました。
これにより、ただでさえお盆連休で品薄だったスーパーの棚からは、コメが軒並み無くなり、それを見た消費者が慌てて買いだめに走る、更にマスコミがコメ騒動だと報じるので、騒ぎがより大きくなって社会問題化した―、
といった流通面での悪循環もあったように思っています。
昨今では、コメを食べる習慣が希薄化して米離れだ、とか言われていましたが、なんだかんだ言っても主食はとても大事なものですね。
農水省によると、コメの一人当たりの消費量は、1962年(年間118.3kg)をピークに、2022年(年間50.9kg)まで減少し続けているそうですが、
新型コロナの影響や価格上昇の影響で外食機会が減少したため、ここ数年は、2〜3%程度の上昇率のものの、消費量は回復傾向にも転じているそうです。
「令和の米騒動」と名付けて面白おかしく報道されもしましたが、実際にこれは食糧問題でもあります。
生産性向上、安定した輸入、供給基盤、価格維持、備蓄の確保、そして廃棄など、食糧問題の対策はいっぱいありそうです。
気候変動(地球温暖化)と異常気象や災害はセットでやってきますので、そうすると、生産の大部分を自然に委ねなければならないコメなど農作物の不作の問題は来年以降も続きそうです。
どこかで抜本的な対策が必要なのかもしれませんね。
霎時施(しぐれ ときどき ほどこす)
本日10月28日(月曜日)は七十二候(1年を72に分けた暦)の「 霎時施(しぐれ
ときどき ほどこす) 」です。
「時雨(しぐれ)」が時々降る頃となります。
「霎」という漢字は本来「こさめ」と読み、「時雨(しぐれ)」を指します。
通り雨や小雨の意味となりますが、平安時代や鎌倉時代には「霎」を「しぐれ」と読んだりもしました。
気象学者・岡田武松(1874〜1956)は著書「雨(1916年)」のなかで、以下のように解説しています。
《
冬の頃昼夜の別なく、曇晴に関らず、急雨が徂来(そらい)し、たちまち降るかと見れば、たちまち晴れる。この種の雨を時雨(しぐれ)と云う。
》
これが気象字典に載ることになりました。
「しぐれ」は、平安時代の昔から、日本の季節感と深く結び付いた気象現象となり、旧暦10月(新暦10月下旬〜12月上旬)、降ったり止んだりする時雨に、日本人は冬の訪れを感じ取りました。
《 神無月 降りみ降らずみ 定めなき 時雨ぞ冬の 初めなりける
》詠み人知らず(後撰和歌集 *AD950年頃)
《 やよ時雨 もの思ふ袖の なかりせば 木の葉ののちに 何を染めまし
》慈円(1155〜1225)
辞書会社のジャパンナレッジのサイト解説がとても詳しいです。
《
秋の終わりから冬の初めにかけて、すなわち11月初旬の立冬の前後は雨が少ないように思われがちだが、日本海側や京都盆地、岐阜、長野、福島などの山間部では突然、空がかげったかと思うとハラハラと降りだし、短時間でサッとあがり、また降り出すといった雨にみまわれることがよくある。これが時雨である。この時期は大陸性高気圧が勢力を増し、北西の季節風が吹き始める。これが「木枯し」となるわけだが、この風が中央脊梁山脈にあたって吹き上げ、冷やされた空気が雲をつくり降雨する。これの残りの湿った空気が風で山越えしてくるときに降る急雨が時雨なのである。
》
※引用: ジャパンナレッジLib > 季節のことば「時雨(しぐれ)」
https://japanknowledge.com/articles/kkotoba/37.html
ただ、この「しぐれ」、その語源はというと、大昔からはっきりとは分かっておらず、万葉集などには「しぐれ」は出てこないのだそうです。
気象研究家の根本順吉(1919〜2009)によると、万葉集に《
為暮》と書かれた箇所があり、これを《
しばし暮れる》と読んで「雨が降って暗くなるから」という状況を根拠に、江戸の儒学者・貝原益軒(1630〜1714)などが語源と強弁したといいます。
その後、言語学者の新村出(1876〜1967)などは《 過ぎ行く通り雨
》だという説を唱え、幸田露伴(1867〜1947)らは《
風(アラシ、ヤマジなど)が狂う
》という言葉の表現が転化したものだと言ったとか…諸説あるようです。
取りあえず、秋から初冬にかけて生じる気象現象として、一時的に降ったり止んだりする雨を「時雨(しぐれ)」と私たちは呼んでいます。
この時雨(しぐれ)が降る様を古人は「時雨る(しぐる)」「時雨れる(しぐれる)」とも文学的に形容しました。
《 しぐるるや 田のあらかぶの 黒む程 》松尾芭蕉(1644〜1694)
《 深川は 月も時雨るる 夜風かな 》杉山杉風(1647〜1732)
《 昔おもふ しぐれ降る夜の 鍋の音 》上島鬼貫(1661〜1738)
素敵な季語です。
きっと千年ほど大昔の有力者が「こさめ」を「しぐれ」とか突然言い出したことが始まりで、貴族のあいだで“バズッた”当時の流行語だったのかもしれません。
稲の刈り上げ
稲の刈り取りがすんだ後の10月末〜11月頃には、農家の稲の収穫祭「刈り上げ(刈りあげ祭)」が行われます。
ちょうど今頃です。
地方によっては「鎌あげ」「鎌納め」とも呼んでいるそうです。
餅を作って、稲取り鎌とともに神棚に飾ったり、おはぎ(ぼた餅)を作って、稲刈り鎌に供えたりして祝い、また同時に、稲刈りを手伝ってくれた人々へ賃金の支払いも行われたのだそうで、決まった形のないような小規模な祭です。
日本全国共通の民間信仰で、昔ながらの農家では、秋の台風による農作物への被害の心配も遠のいて、無事の収穫を喜び、これを祝ったというわけです。
収穫祭というと、宮中祭祀として今も受け継がれている伝統神事が思い浮かびます。
国家的行事として、時の天皇が、大地の恵みに感謝する祭です。
五穀豊穣などを祈る神道の祭祀として、宮中や神社などでは春の「祈年祭(毎年2月17日)」で豊作を祈り、秋の「新嘗祭(毎年11月23日)」で収穫に感謝し、来年の豊穣を願います。
また、
節供(節句)には、年中行事が行われる季節の節目という意味合いがありますが、農家にとっての秋の収穫を祝う節供には、旧暦9月(新暦10月中旬〜11月)に三つあったりもするようです。
恐らくは、稲などの収穫の後に行われている、宮中の神事である「新嘗祭」や、「重陽の節句(9月9日)」などにちなんだ民間の農業信仰なのでしょう。
各地の農家では、旧暦9月9日、9月19日、9月29日の「9」が重なる三つの節供(節句)の日に、農業の神(山の神、田の神、それぞれの家の神)への感謝を込めた収穫行事なども行われたようです。
そして、地方によっては、現在の新暦9月29日の節供(節句)の日に「刈り上げ(刈りあげ祭)」を行っているようです。
※関連記事
重陽の節句、白露の秋を迎えて(2024.09.09)
農家にとって、貴重な農具(稲取り鎌)を大切にし、人知の及ばぬ自然現象である太陽と天候に左右される稲の豊作を願うのは当然です。
なんとなく私は、稲の収穫のずっと後に宮中で行われる「新嘗祭」(11月23日)よりも前の日だからと、どこか遠慮しながらも農民らが「収穫祭(刈りあげ祭)」をそれぞれの家々で小規模に祝った名残かな、と、この収穫祭の起源を想像しています。
亥の子(今年は11月7日)
ついでに、この季節には、もう一つ農家の収穫祭があります。
旧暦10月の最初の初亥の日を「亥の子(今年は11月7日)」とも呼び、西日本を中心に子どもたちが行う「亥の子まつり」という収穫祭が今も行われています。
「亥の日(いのひ)」というのは、日の十二支が「亥」にあたる日のことで、12日に一度巡ってきます。
山の神は、旧暦2月の「初亥の日」に田へ降りて、旧暦10月の「初亥の日」には山へ帰るという農神去来思想(神様が下りてきて再び戻っていく)から、昔は、旧暦2月の「初亥の日」に田の神に豊作を祈願し、旧暦10月の「初亥の日(10月10日)」に豊年感謝の祭を行ったようです。
古代中国から「亥の子」の儀式(新穀の餅を食べると病気にならないと信じられていた)が日本に伝わり、宮廷行事として平安初期に始まって、その後は、稲刈りの時期と重なるため、中世以降に農村部へと収穫祭として浸透し、民間信仰の行事となっていったと考えられているそうです。
民間では、収穫祭の日となって、新穀の餠をついて食べ合い、子どもたちが稲わらの束などで地面を打ち回るという、何だかよくわからないお祭りを行います。
一説によると、子どもらが稲わらで万病を祓い、「亥=猪(イノシシ)」の多産にあやかって子孫繁栄を願ったりする意味があるのだそうです。
民俗学者の柳田国男(1875〜1962)
柳田国男は、意味がよく分からないような形骸化した謎の行事にも歴史があり、それを探ることに意義がある、などと述べました。
今ほど社会が発展していなかった昔は、自然災害や戦争などによる食糧不足は、生死に直結するために、身近で切実な問題だったことでしょう。
そんな時代、人々は、今日の食糧の収穫に感謝し、食べて生きて子どもたちと健康に農作業ができる世を願い、次の豊作と天候(災害の無い世界)を神(自然の恵み)に祈りました。
日本全国に伝わる大小の収穫祭の起源だと思います。
大昔は、飢饉のたびに一揆や打ちこわしといった民衆の暴動が起きました。
100年前の「大正の米騒動(1918年)」は、戦争前の投機取引により米価が三倍に暴騰したことが原因だそうで、
「昭和の米騒動(1932年)」も世界恐慌による経済不況による食糧などの価格上昇が発端でした。
近年の「平成の米騒動(1993年〜1994年)」は、記録的な冷夏(気候変動)による米不足が原因で、
今年の「令和の米騒動(2024年)」も異常な猛暑による不作に遠因があったようです。
大昔ほど切迫した雰囲気ではないものの、今でも食糧問題による社会不安は身近な気もしてきますね。
自然の恵みに感謝し、平和(豊年)を祈るといった目的から発生した「昔ながらの(形骸化した何だかよくわからない)行事」に色んな思いを寄せて参加してみるのも良いでしょう。
文化を大切にしたいものです。
《 執筆者 》
SEI SHOP(セイショップ)総合プロデューサー
平井敬也(ひらいひろや)
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