おはようございます。
本日は スポーツの日(旧称 体育の日)の祝日です。
東日本大震災と福島第一原発事故から 13年 (4967日)です。
元日の令和6年能登半島地震からまもなく 9ヶ月(287日)です。
南海トラフ臨時情報「 巨大地震注意(8月8日〜15日17時終了)」の初の発表から
2ヶ月(68日)です。
そして、今週の10月16日(水曜日)は…、
台風26号に伴う大雨による土砂災害で39人が犠牲になった伊豆大島(東京都大島町)の三原山の土石流災害から
11年 です。
大昔の火山活動で堆積していた火砕物や流木が土石流となって、家々を襲い、二階に垂直避難していた多くの方々が犠牲となりました。
この当時、伊豆大島の島内では「土砂災害警戒区域」の指定が行われておらず、これも被害拡大の一因となったと言われています。
この災害が一つの契機となり、その後、全国的に「土砂災害警戒区域」の指定が進みました。
現在、日本全国で「土砂災害警戒区域」は約62万2千か所、「土砂災害特別警戒区域」は
約49万か所が指定されています。
地元行政のハザードマップで「土砂災害」の危険があるところを、ぜひ確認しましょう。
※わがまちハザードマップ 〜地域のハザードマップを入手する〜
https://disaportal.gsi.go.jp/hazardmap/
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◆セイショップからお詫び◆
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ただいま、8月8日の日向灘地震と南海トラフ地震臨時情報発表にともなう報道やTV番組の放送などの影響により、サバイバルフーズをはじめ、保存水、トイレ処理剤など、多くの防災用品が欠品しており、納品までにかなりの時間がかかっており、たいへんご迷惑をお掛けしております。
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菊花開(きっかひらく)
昨日10月13日(日曜日)は七十二候(1年を72に分けた暦)の「
菊花開(きっかひらく) 」でした。
菊の花が咲き始める頃です。
今の季節、「食用菊」の収穫が最盛期を迎え、日本最大級の菊の祭典として知られる秋恒例行事、福島県二本松の「菊人形」も先日、開幕しました。
さて、
菊は、中国伝来の花です。
古代中国で自生していた野生種を交配して誕生したとされており(諸説ある)、
周王朝(BC1046頃〜BC256年)の時代に、既に、観賞用としても、また薬草としても珍重されていた、と記録にあるのだとか…。
不老長寿の薬効があるとされ、前漢の初代皇帝の高祖・劉邦(BC247頃〜BC195年)が、宮廷で「重陽の節句」(旧暦9月9日=新暦10月11日)を催して菊花酒を酌み交わし、一族の繁栄長寿を祈った故事でも知られています。
日本では、仁徳天皇(394頃〜427年頃)の時代に百済(くだら)より菊花が初めて伝わったという話もあるそうですが、奈良時代の終わりから平安時代の初めの延暦年間(781〜809年)にかけて、薬草として中国から伝わった、といわれています。
“菊の花”が初めて文献に登場するのは、菅原道真が編纂し、西暦892年に完成した歴史書『類聚国史(るいじゅうこくし)』の中の記述だそうで…、
それによると、延暦16年(797年)冬に、平安最初の皇帝・桓武天皇(在位:781〜806年)が、散り行く菊を惜しんで詠んだ和歌
《 この頃のしぐれの雨に菊の花、 ちりぞしぬべきあたらその香を
》桓武天皇
といいます。
なんとも風流で、すでに平安貴族の観賞用の花として、それなりの地位を得ていたことが偲ばれます。
平安時代の弘仁年間(810〜857年)には、中国の故事に習って、旧暦9月9日に「重陽の観菊宴」が宮廷で催され、天皇が家臣に菊酒を振る舞ったといい、
旧暦9月10日〜11日(新暦10月12日〜13日)に菊の納会「残菊(後の菊)の節会」が行われました。
重陽の宴の前夜には、宮中の女官などが「きせ綿」といって、宮廷の菊花に、黄、赤、白など五色の綿をかけて、翌朝に朝露のついた綿で身体をぬぐい、美と健康を願ったそうです。
また、自慢の菊花を持ち寄って優劣を競う「菊合わせ」の宮廷行事もこの平安時代に始まったそうで、今も伝わる各地の菊鑑賞会である「菊祭り」の由来なのかなと思っています。
そして、日本では、菊の花言葉は「高貴」「高尚」「高潔」なのだそうです。
一方で、英語圏での菊の花言葉は「誠実」や「陽気」だそうで、日本がどこか貴族的なのは、平安貴族から続く、伝統かもしれませんね。
実際に、菊は日本の皇室の紋章となっていますが、これは、鎌倉時代に後鳥羽上皇(1198〜1221年)が菊の花を好み、衣服や刀剣(菊一文字の太刀)に「菊紋」を用いたことが始まりだそうで、その後、明治元年の大政官布告で十六弁の菊が皇室の紋章(御紋章菊)としてはじめて制定されて今に至るそうです。
余談ですが、菊は、現在でも、漢方薬の生薬「菊花(キクカ)」として使用されています。
その薬効は、抗炎症作用があり、咳、目の充血、かすみ目、視力低下などの眼性疾患や、高血圧、イライラ、めまいなどにも良いとされているようで、漢方薬の「釣藤散(ちょうとうさん)」や「杞菊地黄丸(こぎくじおうがん)」などに配合されているそうです。
観賞用はもちろん、食用に薬用と、万能ですね。
※関連記事
上田秋成(江戸後期の読本作者 代表作「雨月物語」)の防災格言
重陽の節句、白露の秋を迎えて(2024.09.09)
十三夜(後の月)
明日10月15日(火曜日)は「十三夜(後の月)」です。
八月十五夜(旧暦8月15日=新暦9月17日の夜)の月に対して、約一か月後にめぐってくる九月十三夜(旧暦9月13日の夜)の月は、十五夜の「中秋の名月」に続く月なので「後(のち)の月」とも呼ばれています。
どちらも、秋の豊かな稔りに感謝する日でもあり、月の満ち欠けを基準とする太陰暦(旧暦)では、満月は生活の折り目として、人々のより処となっていました。
十五夜は、ススキを飾り、団子や旬の収穫物(サトイモやサツマイモ)などを供え、十三夜では、旬の大豆(枝豆)や栗などを供えることから、前者は「芋名月」、後者は「豆名月」「栗名月」とも称されます。
稲作以前の主食が里芋などの芋類だった頃の名残だそうで、豊作祈願として芋をお供えする風習が由来だと言います。
一方で、6世紀に、仏教伝来で肉食を忌避するようになった際に、穀物や野菜だけでは栄養に偏りがあり、豆(大豆)は、豆腐、湯葉、納豆などに加工されて、貴重な“たんぱく源”として食べられるようになりました。
日本で大豆(だいず)と呼ぶようになった経緯は《大いなる豆》の意味もあったのだそうです。
そして、「豆名月」こと十三夜は、日本独自の風習と言われており、その起源は、宇多天皇(867〜931年)で、1000年以上の歴史があるみたいですね。
でも、十五夜の月見は、今も多くの家で行っていますが、十三夜の観月は余り聞きません。マイナー行事です。
樋口一葉の短編小説『十三夜』は、1895年(明治28年)12月に発表された作品ですが、
このなかに十三夜のことを“旧弊”と記載があるので、すると、130年前には、すでに“十三夜の月見の行事(観月)”が“古い習慣(旧弊)”という認識だったということになるのやもしれません。
諸説あるようですが、
江戸時代の遊郭で、客(男)たちから、いかにお金を散財させるかを考えた賢い遊女たちは、
《
十五夜、十三夜のどちらか片方の月見しかできないのは、片月見と言って、縁起が悪い。
だから、一緒に二回の月見をしたいから、次の十三夜にも必ず来てね。 》
…と嘘を言っては、客を誘っていたのだそうです。
なんとも商魂たくましい。
でも、行事として十三夜がその後廃れていった歴史の闇は深そうな気もします。
さて、菊と十三夜には美しい逸話があります。
貞享五年(1688年)秋、一年ぶりに江戸へと帰った
松尾芭蕉(1644〜1694年)を迎えて、
山口素堂(1642〜1716年)は、旧暦9月10日に、
江戸の自亭(素堂亭)に芭蕉らを招いて
「残菊の宴」を催しました。(「素堂亭十日菊」より)
《 いざよひの いづれも今朝の 残る月 》松尾芭蕉
《 はなれじと 昨日の菊を 枕かな 》山口素堂
という句が残っています。
これに対して芭蕉は、旧暦9月の十三夜に自庵に、山口素堂らを招いて「後の月見の宴」を行ないました。(「芭蕉庵十三夜」より)
《 もろこしの富士あらばけふの月見せよ 》山口素堂
《 木曾の痩も まだなをらぬに 後の月 》松尾芭蕉
《 もの知りに 心問ひたし 後の月 》松尾芭蕉
…江戸時代までの観月パーティーはとても風流でした。
十三夜に曇りなし
実は、天気の上では、昔から、
《 十五夜に曇りあり、十三夜に曇りなし 》
とされ、十三夜の晩は必ず晴れる、と言い伝えられています。
十五夜のころは、台風や秋雨の時期ということから天気が曇りがちで、せっかくの「中秋の名月」も、ほとんど見られない。
その一方で、十三夜のころは、秋晴れが多く、美しい月が見られるということのようです。
日本独自の「十三夜」という行事ができあがった背景には、日本特有の風土や気候条件があったのかもしれませんね。
十中、九回は当たるともされる民間伝承の一つなので、明日きっと晴れる、でしょう。
一家繁栄と豊作を願いつつ、明日の晩は「月見菊酒」といきたいものです。
《 執筆者 》
SEI SHOP(セイショップ)総合プロデューサー
平井敬也(ひらいひろや)
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