おはようございます。
本日は 秋分の日 の振替休日です。
東日本大震災と福島第一原発事故から 13年 (4939日)です。
元日の令和6年能登半島地震から 8ヶ月(266日)です。
南海トラフ臨時情報「 巨大地震注意(8月15日17時に終了)」の初発表から
7週(47日)です。
さて、昨日(9月22日)は「 秋分 」で、昼夜の時間が等しい日でした。
《 秋の日は釣瓶(つるべ)落とし 》
と言われるように、秋の今頃は、一ヶ月前に比べると、日没の時間が一時間ほど早くなりました。
この時期は、日没が早まるだけではなく、日が沈んでからすぐに真っ暗になり、夜が長くなる季節です。
これから、「冬至(12月21日)」に向って、昼の時間も短くなっていきます。
早く家路につきたいものですね。
《関連記事》
Uターン台風(台風14号)
先週の9月20日(金曜日)のことです。
中国大陸本土を西北西に進んでいた「台風14号」が、まさかの急反転をして日本に向かいました。
この台風も、すでに、だいぶん勢力が弱まっていたことから、9月22日(日曜日)には、温帯低気圧へと変わりました。
この温帯低気圧は、日本の近くを南下している秋雨前線に取り込まれて一体化したような軌道をとっており、これにより、秋雨前線の活動がさらに活発化して各地で長雨をもたらしているようです。
とくに台風14号から変わった温帯低気圧が接近している地域である、九州北部から北陸、東北では、これらの前線と低気圧の影響で、大気の状態が非常に不安定となるため、ときおり強い風を伴うような大雨をもたらします。
9月21日(土曜日)朝には、北陸の石川県・能登地方で、線状降水帯が発生し「大雨特別警報(レベル5)」も発表されました。
能登半島地震の被災地である奥能登では、輪島市で観測史上最大の1時間雨量121ミリの猛烈な雨が降り、24時間雨量でも、輪島市で334ミリ、珠洲市で245ミリと、いずれも観測史上最大を更新する記録的大雨が降り、石川県内で16の河川が氾濫しました。
奥能登の各地で、川の氾濫や土砂災害が相次ぎ、大きな被害をもたらしており、石川県では、先月末に自衛隊の地震災害派遣が終了したばかりでしたが、再び、自衛隊に災害派遣要請がだされる事態となりました。
被災地域のいち早い救援と復旧が望まれます。
気象庁では、広い範囲で、土砂災害への厳重な警戒と、河川の増水や氾濫、低い土地の浸水に警戒するよう呼びかけています。
今後も急な大雨にはご注意ください。
かなり、ざっくりとした解説をすると、
台風というのは、海からの水蒸気をエネルギーに成長しますので、陸に上陸すると急速に衰えていきます。
水蒸気の供給が絶たれたところに、陸地の摩擦でエネルギーも失われるからです。
ですので、台風が日本に近づくと、日本付近の上空に寒気が流れ込んで次第に台風本来の性質を失っていき「温帯低気圧(暖かい空気と冷たい空気で構成され温暖前線と寒冷前線を伴う)」に変わります。(まれに「熱帯低気圧(暖かい空気のみで構成)」に変わるケースもある。)
そして、前線には雲が発生するので、長雨の原因となります。
そこに、日本付近で停滞する秋雨前線に、日本列島の南の太平洋高気圧や南シナ海から湿った空気が流れ込んで、湿った空気がぶつかったところに積乱雲がどんどん発生し、各地に猛烈な雨を降らせます。
Uターンしたり、太平洋上をぐるっと旋回したり、ふらふらと挙動が落ち着かない台風はそうそうありませんが、こういう挙動不審な台風の進路は、過去にも何度もあったようです。
ただ、中国大陸の本土に行ってから、日本に戻って来るような大きなUターンはかなり珍しいように思います。
季節的に、これからゲリラ雷雨の頻度は減少していくと思いますが、まだ、台風(低気圧)に伴う大雨には、注意が必要です。
秋社(しゅうしゃ)
9月21日(土曜日)は「秋の社日(しゃにち)」でした。
春分、秋分に最も近い戊の日を社日と呼びますが、この「社」には「土地の神」の意味があります。
その昔、農家では「地神講中(じじんこうちゅう)」という組織をつくり、毎年、春分と秋分の頃に五穀豊穣を願って、土地の地神を祭る風習がありました。
その祭りは、代々受け継がれてきた地神などが描かれた掛け軸を飾り、酒宴を開き、組織内の農家のたちの情報交換の場となっていたといいます。
神奈川県で最古とされる「地神講掛け軸」(1805年)には「祝詞」という文字が書かれており、この祝詞は1781年に発生した《
天明の大飢饉
》の時に書かれたものを写した内容らしい、ということが分っているのだそうです。
つまり「地神講(収穫への感謝)」という日本の農業風習の全国的な広がりの背景に「飢饉」という食糧難への災害対策の意図があったのではないか、ということです。
自然災害とともに暮らす古人の知恵が詰まった一つの防災の形を垣間みた気がします。
雷乃収声(らい すなわち こえを おさむ)
本日9月23日(月曜日)は七十二候(1年を72に分けた暦)の「 雷乃収声(らい
すなわち こえを おさむ) 」です。
毎年、秋分の頃から、夏の名物である「雷」が鳴らなくなるとされています。
実は、雷は、夏や冬を問わずに、いつでも発生するものです。
とはいっても、気象庁の「落雷害の月別件数」によると、落雷被害の約30%は「8月に集中」しているようです。
特徴としては、落雷は、7月〜8月に集中し、8月をピークに、9月中旬を過ぎてからは激減するようなので、今の秋分の頃から“雷が鳴らなくなる”というのも事実のようです。
※気象庁 > 落雷害の月別件数
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/toppuu/thunder1-4.html
82年前の猛暑…
さて、先週は、残暑が続きました。
9月も半ば過ぎ、秋のお彼岸というのに、まるで刺すような日差しを感じる日も多くて、暑いでなく、痛い、くらいの天気でしたね。
とくに関西では、連日、最も遅い猛暑日の記録更新が続きました。
9月20日(金曜日)、京都、奈良、和歌山などで、もっとも遅い猛暑日となり、豊岡(兵庫)と舞鶴(京都)では38.0℃を観測するなど、記録的な高温となりました。
また、
先週の9月18日(水曜日)には、東京都心で最高気温35.1℃となり
1875年の観測開始以来で最も遅い猛暑日(35℃以上)の記録が更新されたニュースが話題にもなりました。
これまでの東京の記録は、82年前の1942年(昭和17年)9月12日なのだそうです。
82年前のこの日、東京の最高気温は「35.3℃」を記録しました。
1942年9月12日と言えば、太平洋戦争中で反転攻勢を開始したアメリカと消耗戦となった日本が「ガダルカナル島」を巡って激戦(血染めの丘の戦い)を繰り広げている最中のできごとでした。
82年前の夏(特に7月・8月)は記録的「猛暑」でした。
雨がほとんど降らず、日本全国が異常高温となり、新聞でも《 20年ぶりの猛暑
》などと報道されたそうです。
また、中国大陸の広い範囲でも、7月中に猛暑となりこちらも《 50年ぶり
》といわれたそうです。(大毎新聞 1942年8月12日付)
全国的に7月5日から猛暑となり、9月中旬まで真夏日(30℃)、猛暑日(35℃)が続き、このときに観測された
・福島(福島県)の「39.1℃」(観測日1942/8/15)観測史上1位
・上野(三重県)「38.8℃」(観測日1942/8/2) 観測史上1位
・上野(三重県)「38.2℃」(観測日1942/8/1) 観測史上2位
・松本(長野県)「38.5℃」(観測日1942/8/2) 観測史上1位
・福井(福井県)「38.6℃」(観測日1942/7/19) 観測史上1位
などは、現在でも、観測開始以来の1位の記録を堅持しています。
ちなみに、この年の東京の最高気温「38.1℃」(観測日1942/8/16)は、現在までの東京の歴代7位の日最高気温記録です。
さて、先週9月19日(木曜日)に気象庁で発表された「10月20日までの一か月予報」によると、
この三連休で、猛烈な残暑はようやく終わりを迎えたものの、日本の南東に太平洋高気圧が張り出しており、日本列島には暖かな空気が流れ込みやすくなっていることから、今後も、平年より気温の高い傾向は、まだ続く見通しのようです。
また、秋雨前線などの影響で、今後も降水量は多いようです。
秋の時期としては平年よりも暑いものの、先週までに比べると、だいぶん、過ごしやすくなってはきそうですね。
《 執筆者 》
SEI SHOP(セイショップ)総合プロデューサー
平井敬也(ひらいひろや)
「平井敬也の防災歳時記」をメールで読みませんか?
スタッフブログ「平井敬也の防災歳時記」は、2007年から配信している防災情報メルマガ「週刊防災格言」を元に作成しています。
防災士・平井敬也が災害に備える知識を、毎週月曜日に無料でお届け。
いざという時の安心を日常の中で少しずつ備えませんか?






