
おはようございます。
本日で、東日本大震災から 4,505日 が経過しました。
本日(7月10日)は…、
江戸時代中期の大地震「象潟(きさかた)地震」から 219年 です。
5月から地震活動が活発化し、この日、マグニチュード7の大地震が秋田県の象潟を襲いました。
被害は家屋全壊5千棟以上、500人以上が亡くなったとされ、余震も多く、象潟や酒田(山形)などに津波もあったと言います。
しかし、この地震の被害は、それだけでは終わりませんでした。
たった一度の地震で、周辺の景色が一変してしまったのです。
「象潟(きさかた)」は平安時代の古今和歌集にも紹介される、日本を代表する景勝地でした。
「東の松島 西の象潟」と謳われたように、ちょうど宮城県の松島に似た景観だったそうで、湖面に浮かぶ松の小島が、九十九島・八十八潟も見えたそうです。
平安時代の歌人・能因(のういん)や鎌倉時代には西行が歌を詠んだ象潟を「おくのほそ道」の行程の目的地とした松尾芭蕉は、1689年に象潟に着くや、その余りの美しさに目を奪われたと伝わっています。
“ 松島は笑うが如く、象潟はうらむが如し(芭蕉)”
その100年後となる1789年には小林一茶も芭蕉の足跡を訪ねて象潟に足を運びました。
しかし、そんな数々の歴史的文人が愛した景観は、象潟地震(1804年7月10日)という、たった一度の大地震で、消え失せてしましました。
大地震による地殻変動で海底が隆起し、九十九島の美観を干上がらせ陸地にしてしまったのです。
象潟地震の報に接した江戸時代中期の人気狂歌師・便々館湖鯉鮒(べんべんかんこりふ)は、失ったものの大きさを嘆き、
“三度炊く 米も硬く 軟らかく 思うまにはならぬ世の中(便々館)”
毎日炊く米飯でさえ、硬かったり柔らかかったりして思うようにならないのだから、世の中の事もなかなか自分の思う通りにいかないのは当然なのだ…。
と後世に残る有名な狂歌を詠みました。(諸説ある)
先日、三宅島の観光案内の人が、“それまでの生活と環境が(ある日突然)一変してしまった”とテレビのニュースで語っていました。
全島民が島外避難した三宅島噴火(噴火は2000年7月8日)災害で、約4年半ぶり(帰島は2005年2月1日)に島に戻れた際の感想です。
地球の地殻は絶えず動いていますので、実際には、様々な土地土地で、地盤沈下や隆起が起き続けています。
しかし、この地殻の変化はとても小さなものなので、私たちの日常生活で、それに気づくことはほとんどありません。
ですが、稀に発生する大災害では、たった一瞬で、地盤が何十センチ、何メートルもズレたりして、それまでの地形が大きく変わってしまうことも珍しくありません。
まさに、土地も環境も生活も一変してしまい“思うままにならない”のが自然災害なのですね。
だから困らないように備えるのが唯一の対策になるのです。
私たちの生活は自然と共にありますので、普段から、いつか起きるかしれない大災害にきちんと備えて、平和な日常に、自然の景勝(例えば温泉も火山の恵みです)に感謝しつつ、それを堪能し、楽しんで暮らしていきたいものです。
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《 執筆者 》
SEI SHOP(セイショップ)総合プロデューサー
平井敬也(ひらいひろや)
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