おはようございます。
2024年1月1日の「 令和6年能登半島地震(M7.6) 」から 2年5か月 (903日) です。
2011年3月11日の「 東日本大震災(M9.1) 」と「 福島第一原発事故 」から 15年 (5583日) を迎えました。
2016年4月14日と4月16日の2日間に震度7が2度襲った「 熊本地震(M6.5、M7.3 死者275人、重軽傷者2,739人) 」から 10年 です。
1995年1月17日の「 阪神・淡路大震災(M7.3 死者6,437人、重軽傷者43,792人) 」から 31年 です。
米国とイスラエルによる対イラン攻撃(2月28日)から、間もなく 4か月 (115日) です。
… … … … … …
…米国時間の6月18日、イランのマスード・ペゼシュキアン大統領と米国のドナルド・トランプ大統領が暫定和平合意に署名しました。
世界経済への打撃も大きく、米国とイランの双方がこれ以上の継戦コストに耐えにくくなったので暫定合意に踏み切ったのでしょうか。
結果として、イラン攻撃は終了し、米・イラン間で「イスラマバード覚書」が交わされましたが、原油問題は完全には解決していません。
イランは経済的に限界に近づき、停戦を必要としていたようですが、今回の合意で、イランは完全敗北ではない条件を引き出した、という見方も広がっています。
アメリカによる海上封鎖は解除され原油輸出再開の動きがみられるものの、滞留している船舶の処理はもちろん、破壊された湾岸インフラの復旧には時間がかかり、60日後の「通行料」の問題などの火種が残っているようです。
APなど主要メディアでは、油とガスの流れが完全正常化するには数週間〜数か月はかかりうる、と報じています。
夏至(げし)/乃東枯(ないとうかるる)
昨日(6月21日)に「夏至(げし)」を迎え、本日(6月22日)は、七十二候(1年を72に分けた暦)の第一候「乃東枯(ないとうかるる)」にあたります。
夏至は、太陽が最も高い位置に達する夏至点(黄経90度)を通過する日で、この日、北半球では一年で最も昼が長くなります。そして、夏至を過ぎると、昼の時間は少しずつ短くなっていきます。
乃東(ないとう)とは、冬に芽を出し、紫色の花を咲かせ、夏に枯れる「夏枯草(なつかれそう)」の古名で、漢方で用いられるシソ科の「靫草(うつぼぐさ)」を指します。
冬至(12月頃)の後の七十二候には、これと対をなす「乃東生(ないとうしょうず)」があり、乃東枯と呼応する季節の移ろいを示しています。
つまり、冬至の頃に芽吹いた夏枯草が、草木の勢いが盛んな夏至の頃に、あえて枯れていく――
そんな自然の対比を表した言葉です。
最も生い茂るときに、最も衰えるものがある…と、そこには、日本人が古くから親しんできた、いわゆる無常観や、“もののあはれ”に通じるような情緒を見出すこともできます。
もっとも、日本版「七十二候」を作った渋川春海(1639〜1715)は天文学者なので、こうした象徴性を意図したわけではなかったかもしれません。
…さて、
ちなみに、古代中国の薬学「本草学」が盛んとなった江戸時代には、「どの植物が本来の夏枯草なのか」が、よくわかっていませんでした。
江戸時代初期〜中期にかけて、本草学では、中国の本を読み、そこに書いてある「薬草名」を日本の植物に当てはめる、という作業が行われていました。
このなかで、貝原益軒(1630〜1714)、稲生若水(1655〜1715)など名だたる本草学者の時代には、この「夏枯草(夏に枯れる薬草)」のことを「靫草(うつぼ草)」ではなく、春に咲いて夏に枯れる「十二単(じゅうにひとえ)」ではないか、と混同しました。
そうして、しばらくの間、夏枯草を十二単とみなす説が見られるようになりました。
それもそのはずで、気候が全く違う中国と日本とでは植生が異なるため、文献の植物名と実物が一致しなかったのです。
こうした状況に対し、小野蘭山(1729〜1810)らは実際に野山で植物を採集し、観察と比較を重ねることで、文献と実物のズレを修正していきました。結果として、十二単ではなく、「靫草(うつぼ草)」が妥当ではないかと考えるに至り、後の植物学で最終的に「靫草(うつぼ草)」であると確定されることになります。
文献や権威を信じた時代から、実物を調査し確かめる時代へ。
そこに、近代科学の萌芽を見ることができます。
“自然の見方”そのものが、時代とともに変わってきたことを教えてくれる一節でもありますね。
※関連コラム
・春分の日(3月20日)の祝日のお話し > 暦と古代エジプト人(2024.03.18)
・乃東生(ないとうしょうず / なつかれくさしょうず)(2024.12.23)
・二十四節気七十二候の歴史(2026.03.23)
茨城県南部地震(2026年6月16日)
先週6月16日(火曜日)19時46分頃、茨城県南部を震源とするマグニチュード5.5、震源の深さ約50kmの比較的に大きな地震がありました。
群馬県や埼玉県で最大震度5弱を観測し、関東一円の広い範囲が揺れました。いわゆる、フィリピン海プレートと陸のプレートの境界で発生した直下型地震(逆断層型)です。
関東圏では、帰宅中に一部の電車が止まるなどして多少の影響がでたようです。
関東地方の地下では、太平洋プレート・フィリピン海プレート・陸側プレートが重なる複雑な構造で、とくに茨城県南部はこうしたプレート同士が接触し歪みが集積しやすい領域です。
このため、比較的中規模(M5〜6)の地震が繰り返し発生する“地震多発地帯”として知られてきました。
こうした場所は、専門家の間で昔から「地震の巣」と呼ばれています。
「地震の巣」の話
「地震の巣」の意味は、読んで字のごとくで、説明するほどではありません。
あえて科学的に解説すると…。
地震の震源の分布をプロットすると、震源は一様ではなく、方々に“かたまり”のようなものを作っています。その震源のかたまりが「地震の巣」です。
これを名付けたのは地球物理学者の坪井忠二(1902〜1982 /東京大学名誉教授)とされています。
坪井忠二は、大正時代に東京大学理学部物理学科で物理学者・随筆家の寺田寅彦の直弟子となった人物で、大学卒業後も東大地震研究所で寺田寅彦の薫陶を受け、後に日本地震学の重鎮として多くの研究で名を残しました。地下構造を重力で可視化し、地震予知研究の基盤を築いたほか、研究者にとどまらず、地球物理学という学問領域の創設者の一人として、竹内均(1920〜2004 / 科学雑誌『Newton』初代編集長)など後進の育成を行なった偉い先生です。
その著書『新・地震の話』(1967年)のなかで坪井は…、
《 地震の震源のかたまりに何という名前をつけたらよいであろうか。いろいろ考えてみたのだが、けっきょく地震の巣というのがいちばん適切なようである。病気に病巣ということばがあるが、あの巣である。 》
…と説明し『(私が)地震の巣という新しいことばを発明した』とあるので、防災格言のなかで「坪井忠二(先生)が提唱した概念である」と私も紹介しました。
※週刊防災格言 > 坪井忠二の「地震の巣」(2011.06.27付)
https://shisokuyubi.com/bousai-kakugen/index-329
ただ、残念なことに、なぜか私の書いた防災格言をもとに、1967年に坪井によって提唱された、などと誤解が広がってしまいました。
実際には、坪井先生が「地震の巣」と言ったのは、はっきりした年代までは明らかではありません。文献をひもとくと、初出はどうやら昭和32年(1957年)3月に政府・地震小委員会の委員としてまとめた科学技術庁資源調査会報告書『大地震の時の指導者心得』らしく、その後は、坪井先生の著作『現代の自然観(第2巻):7章 地震』(岩波書店 1961年)などでも…
《 …図にみられるような震源のかたまりを地震の巣というならば、その地震の巣の性格を把握することが、非常に大切だと思うのである。 》
…と書いていたりするので、この頃ではないか、と考えます。
実は、坪井先生が生れる前から、地震の多発地帯の意味で“日本は地震の巣窟(地震の巣くつ)”といった言い回しが使われていました。とても一般的な言葉ですから当然のことです。だから、“発明した”というほどの新しい発見ではない気もします。
ただ、観測データに基づいた科学的エビデンスを一般に伝えるための言語化だったと考えると“発明である”とも言えなくもなく、今では地震があるたびに“茨城県南部は地震の巣として知られ…”などと解説員らも使う便利な言葉として定着しています。
「地震の巣」の言葉は、日本の地震は予測不能な点の発生ではなく、“起きやすい場所で繰り返す”という事実を示したものです。
今回の地震で言えば、茨城県南部のような震源域では、地震は一度きりの異常ではなく、継続的な地震活動の一部として理解すべき、ということになりそうです。
大きな地震の後には同じ地域で余震活動が続くものです。
比較的に大きな地震の後は(一週間程度は)今後の地震活動に注意してください。
日本全国の「重力測定」の業績
坪井忠二の最大の業績の一つが、重力と地震・地殻構造の関係の解明です。
日本全国の約4500地点におよぶ重力測定を実施し、日本列島全土の「重力異常分布図」を初めて作成したのでした。
地震は重力異常のある場所で起こりやすい、という視点を提示したもので、この研究により、日本各地の地下構造の把握やプレート境界の理解へとつながり、現在の地震学・測地学の基礎となりました。見えない地下構造を数値化し可視化した先駆者とも言えます。
現在では、日本測地学会で、測地学分野で顕著な業績を揚げた若手研究者らに与える「坪井賞」にもその名が残っています。
…さて、地震と重力異常の関係は、一見すると別の現象に見えますが、どちらも地下構造と深く関係する現象です。
地震は突然起きる現象のように見えますが、その背後には地下構造という目に見えない前提があります。そして、その地下構造の違いを間接的に示しているのが重力異常です。
重力と聞くと、地球上では常に一定(1G)のものと思いがちですが、実際には地点ごとにごくわずかな差があります。
地下にある岩石の密度や厚さが異なるため、引き合う力に微妙な偏りが生じるためです。このズレが重力異常であり、言い換えれば地下の“つくりの違い”を反映した一つの指標と言えます。
では、この重力異常と地震はどのように結びつくのでしょうか。
結論から言えば、重力異常そのものが地震を引き起こすわけではありません。重要なのは、重力異常を生み出している原因、すなわちプレートの境界や断層、密度の異なる地層の接触といった“不均一な構造”です。
こうした場所では、同じ力が加わっても変形の仕方が揃わず、動きやすい部分と動きにくい部分が共存します。その結果、力が局所的に集中し、やがて限界を超えて破壊が起こります。
これが地震です。
重力異常は、このような「力がたまりやすい可能性のある場所」を間接的に示しているのです。重力が急に変化している場所は、地下構造が滑らかではなく、何らかの境界や不連続が存在することを示すのだといいます。そしてその不連続は、地震の発生しやすい条件と重なる場合があります。
そのため、私たちは、重力異常を見ることで、「どこで地震が起きやすいのか」という長期的な傾向を読み取る手がかりを得ることができます。
地震は予測(予知)できないとされていますが、それは「いつ起きるか」が分からないという意味であり、「どこで起きやすいか」については徐々に把握が進んでいます。重力異常も、その理解を支える要素の一つです。
私たちが備えるべきは、「偶然の揺れ」だけではなく、私たちが「構造的に揺れやすい場所に住んでいる」という認識なのかもしれませんね。
《 執筆者 》
SEI SHOP(セイショップ)総合プロデューサー
平井敬也(ひらいひろや)
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