おはようございます。
2024年1月1日の「 令和6年能登半島地震(M7.6) 」から 2年5か月 (875日) です。
2011年3月11日の「 東日本大震災(M9.1) 」と「 福島第一原発事故 」から 15年 (5555日) を迎えました。
2016年4月14日と4月16日の2日間に震度7が2度襲った「 熊本地震(M6.5、M7.3 死者275人、重軽傷者2,739人) 」から 10年 です。
1995年1月17日の「 阪神・淡路大震災(M7.3 死者6,437人、重軽傷者43,792人) 」から 31年 です。
米国とイスラエルによる対イラン攻撃(2月28日)から、まもなく 3か月 (87日) が経ちます。
与論島で震度5強(沖縄本島近海地震)
先週5月20日(水曜日)午前11時46分ごろ、沖縄本島近海を震源とする地震(マグニチュード5.9)があり、奄美南部(奄美大島、徳之島、沖永良部島、与論島、沖縄本島)の島々で震度5強〜震度1の揺れが観測されました。
与論島(鹿児島県与論町)で震度5強、沖永良部島(鹿児島県知名町)でも震度5弱が観測され、商店などの品物が散乱する等の小被害があったようです。
この付近の地震はそれほど珍しくはありませんが、震度5以上の揺れが観測されたのは、2016年9月26日のマグニチュード5.7(鹿児島県知名町で最大震度5弱)以来で、10年ぶりかなと思います。
沖縄付近の地震は、日本の他地域とは少し性格が異なります。
琉球列島は、フィリピン海プレートが沈み込む「琉球海溝」と、背後で地殻が引き裂かれる「沖縄トラフ」に挟まれた複雑な地殻の構造にあって、同じ海域でも「プレート境界型」「プレート内部型」「浅い断層型」など多様な地震が発生するようです。
このため、今回の地震のようなマグニチュード5〜6程度の比較的に大きな地震は、わりと頻繁に繰り返されていて、震度4とか震度5程度の“やや強い揺れ”となることは珍しくはありません。
また、歴史的にはマグニチュード7クラスの 大地震(震度6や震度7クラス) が時折発生しています。
ただ、地域的に巨大地震の歴史記録が少ないこともあって、巨大地震の発生頻度や規模、津波発生の仕組みなどは良くわかっておらず、評価の難しい地域みたいです。
要するに、沖縄周辺の琉球海溝では、マグニチュード7前後の地震は歴史的に点在するものの、同じ場所で規則的に繰り返されるかどうかのパターン的には、南海トラフなどの地震と比べて明瞭ではなく、規模も発生様式もばらつきが大きいようです。
マグニチュード7クラスのより大きな地震に限ると、宮古・八重山周辺でM7級がしばしば起きている一方で、沖縄本島の近海では、発生頻度は相対的には低く、地域差も目立つようです。
※沖縄付近の過去の大きな地震(M7.0以上のみ)
・2011年11月8日、沖縄本島北西沖地震(M7.0)
…震源の深さ約220kmと深く被害なし(最大震度4)
・2010年2月27日、沖縄本島近海地震(M7.2)
…負傷者2人、沖縄県糸満市で震度5弱
・2001年12月18日、与那国島近海地震(M7.3)
…与那国島で最大震度4、小津波、小被害
・1998年5月4日、石垣島南方沖地震(M7.7)
…石垣島・宮古島で小津波、与那国島でも微小津波。
被害なし(最大震度3)
・1966年3月13日、与那国島近海地震(台湾東方沖)(M7.8)
…与那国島で死者2人、家屋全壊1棟
・1958年3月11日、石垣島近海地震(M7.2)
…西表島や多良間村などで死者2人、負傷者4人
・1947年9月27日、与那国島近海地震(M7.4)
…石垣島、西表島で死者5人
・1938年6月10日、宮古島北西沖地震(M7.2)
…宮古島で津波高1.5mを観測、桟橋流失などの被害
・1926年6月29日、沖縄本島北西沖地震(M7.0)
…那覇市で震度4
・1917年7月4日、沖縄島沖地震(M7.4)
・1915年1月6日、石垣島北方沖地震(M7.4)
…震源の深さ約150km、石垣島で強震、105か所で石垣倒壊
・1911年6月15日、奄美大島近海地震(喜界島地震)(M8.0)
…南西諸島の地震では有史以来最大規模で、奄美と沖縄諸島で死者12人、家屋全壊422棟。
・1771年4月24日、八重山地震津波(明和の大津波)(M7.4)
…八重山列島と宮古列島で大津波があり、最大波高90mとも。
溺死者11,741人、家屋流失2,000棟余。
※地震調査研究推進本部 > 沖縄県の地震活動の特徴
https://www.jishin.go.jp/regional_seismicity/rs_kyushu-okinawa/p47_okinawa/
夏のような暑さから一転、梅雨(つゆ)のような天気に
5月17日〜5月20日まで各地で30℃前後の真夏日が続きましたが、その後、日本海の低気圧と東シナ海から延びる前線が本州付近にかかり、天気は一転して下り坂となりました。
5月21日(木曜日)からは、全国的に曇りや雨となる、ぐずついた天気となっています。
5月21日、東京都心では、前日の気温から一気に10℃以上も下がり、翌22日は最高気温15℃と冬並みの寒さに逆戻りしました。
“梅雨”の本格シーズンに入る前に現れる、このような曇りや雨の日が続く“ぐずついた天気”のことを「梅雨の走り」や「走り梅雨」「梅雨の前ぶれ」「迎え梅雨」などと呼ばれることがあります。
そして、梅雨の走りの後は、高気圧に覆われて晴天になりますが、こうした晴天(梅雨入り前の晴天)は通常は2日〜4日程度、長くても1週間くらいで天気が崩れるので、あまり長続きはしないようです。
その後は6月中旬にかけて、各地で続々と梅雨入りしていきます。
一般的には、この時期の“ぐずついた天気(梅雨の走り)”は、春型の周期変化の中で一時的に前線が停滞した状態のため、数日〜1週間程度続いて終わることが多いのですが、年によっては、そのまま梅雨入りして、2週間〜3週間もぐずついた期間が続いたように見える年もあります(この場合は実際には梅雨入りが早かったと考えられます)。
最新の予測によると、今年の梅雨入りは、関東甲信は平年並み(例年6月7日頃)か、平年より遅い6月中旬頃と予想されています。
今週はまた暑さが戻りそうですが、梅雨入りまでの間に、もう一度程度、“梅雨の走り”が現れる可能性もあります。
寒暖差による体調の変化にも注意が必要です。
※関連コラム
・梅雨の走りとタケノコ生活(2025.05.12)
・梅雨(つゆ)と黴雨(ばいう)と紅花(ベニバナ)の話(2025.05.26)
“梅雨入り”の判定は難しい
しかし、梅雨入りの判定は、それほど簡単ではありません。
気象研究所長を歴任した気象学者・大谷東平(1905〜1977)さんは、次のように述べています。
《 梅雨の走りもすでに梅雨期の一部とみなせるので、毎年入梅という特定の日を指摘する方が無理というもの 》 (『天気予報と天気図』法政大学出版・1957年)
実際、昭和31年(1956年)の梅雨では、5月中旬に「梅雨の走り」が現れ、その後も中休みやぶり返しを繰り返しながら、いつの間にか本格的な梅雨へと移行していきました。
そして、梅雨に入ってからも雨が降り続くわけではなく、晴れ間がのぞく日もあります。
大谷さんはこうも指摘しています。
《 総体的に雨の日の方が多いだけで、梅雨の走りの間も雨と晴れが交互に現れる。晴天続きから不連続的に梅雨が始まるなら入梅日は明らかだが、じわじわ移行する場合は決めにくい 》
つまり、梅雨はある日を境に始まる現象ではなく、連続的に移り変わる季節現象なのです。
梅雨の前には「梅雨の走り」と呼ばれる雨や曇りの期間がしばしば現れ、この段階でも天気はすでに梅雨のようになります。しかし前線の位置や活動はまだ安定しておらず、本格的な梅雨とは区別されます。
このため気象解説では、「まるで梅雨のようなぐずついた天気」といった曖昧な表現が使われるみたいです。
気象庁の梅雨入りは、「この先1週間程度の見通し」と「それまでの天候経過」を総合して判断されます。ただし梅雨そのものが数日間の“移り変わり期間”を伴う現象であるため、後から日付が見直されることも珍しくありません。
だから判定には一定の不確実性が含まれているのです。
さらに近年は、梅雨前線の動きが年ごとに大きく異なり、早い段階から雨の多い状態が続いたり、逆に梅雨入り発表後に晴天が続いたりするケースも見られます。「どこからが梅雨か」を明確に線引きすることは、ますます難しくなってきているようです。
梅雨入りの発表はあくまで一つの“目安”に過ぎません。
実際の季節は、私たちが感じるように、時間をかけてゆっくり移り変わっていくものです。
目の前の天気がすでに梅雨のようでも、正式な発表との間にズレが生じるのは、むしろ自然なことなのです。
この時期、空だけでなく、梅雨入りを発表する気象庁の担当官の胃も、少しぐずつき気味かもしれませんね。
《 執筆者 》
SEI SHOP(セイショップ)総合プロデューサー
平井敬也(ひらいひろや)
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