おはようございます。
2024年1月1日の「令和6年能登半島地震(M7.6)」から 2年2か月 (812日) が過ぎました。
2011年3月11日の「東日本大震災(M9.1)」と「福島第一原発事故」から 15年 (5492日) を迎えました。
1995年1月17日の「阪神・淡路大震災(M7.3 死者6,437人、重軽傷者43,792人)」から 31年目 です。
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さて、米国とイスラエルの対イラン攻撃(2月28日)から3週間以上がたち、本日で 24日 が経過しました。
この間、イランは湾岸諸国(UAE・カタール・クウェートなど)の空港やエネルギー関連施設を攻撃し、中東地域全体に深刻な緊張をもたらしています。
また、世界的な原油高騰により、ロシア産石油への一部制裁緩和が行われるなど、戦争の影響は国際政治・外交にも広く波及しています。
ホルムズ海峡は、世界の石油輸送の要衝であり、軍事的にはイランが極めて大きな影響力を及ぼす海域ですから、この海峡の緊張は原油先物価格の急騰を引き起こし、世界的なインフレ、物流コストの増加、製造業への打撃など、国際経済に直結する深刻な問題となっています。
実際に東南アジアでも、サプライチェーンの混乱や燃料価格の上昇による経済悪化が懸念されています。
現在、米国とイスラエルは、イランによるホルムズ海峡での航行妨害を阻止する軍事行動を継続していますが、戦争はイラン本体だけではなく、イランを支援する「抵抗の枢軸(Axis of
Resistance)」と呼ばれるヒズボラ(レバノン)、フーシ派(イエメン)、シリア民兵、イラクの親イラン武装勢力などとの多方面での応戦へと広がっています。
そのため、中東全体に広がるこの戦争に対し、いまだ明確な解決の糸口は見えていない状況です。
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…はじめに「新商品」の紹介です。
“電気を作り、電気を蓄える”「カセットガス式発電機」と「ポタ電」を販売開始!
KOSHIN(工進)インバーター発電機 / ポータブル電源
¥59,800(税込)~
災害時に停電が発生した場合、電気が確保できると大きな安心材料となります。
インバーター発電機の製造で国内シェア2位の日本メーカーであるKOSHIN(工進)のポータブル電源(BPS-6L)と発電機(GV-9ig)を両方を備えれば”発電機で電気を作り”、作った電気は”蓄電池に蓄える”こともできます。
災害時に心配なのが停電です。
今や命綱ともなり得る携帯・スマホの充電をどうするか、という“電気の確保”の問題です。
現在、中国製を中心に、様々なメーカーからポータブル蓄電池・ポータブルバッテリー(以下、ポタ電という)が発売されていますが、何時間も停電が続くか分らないなかで、ポタ電は、内臓バッテリーに蓄電された電気を使い切ってしまったら終わりです。
付属の太陽光パネル発電で充電できるのも、太陽が照っているうちだけなので、これにも限界があります。
いつでも、どんなときでも、電気が作りたい、という要望に対応できるのは、エンジンを動かして発電する発電機だけとなります。
ただ、発電機にはバッテリーが付いていないので、せっかく作った電気を貯めておくことができません。電気を貯めるにはポタ電が必須なのです。
しかしながら、発電機を動かす燃料である「ガソリン」は、常温で1〜2か月で劣化(腐る)し長期保存ができません。
備蓄が必要になる「防災」には、実はガソリンはとても不向きなのです。
だから、カセットガス(使用期限は製造から約7年)の発電機ならばガソリンよりも手軽で何とかなりそうです。
ここで当然、停電時に、発電機とポタ電を接続して、発電機で作った電気を、ポタ電に蓄電すればよいじゃないか…、と誰もが考えそうなものです。
ところが、一般に発売されている発電機とポタ電は、ほぼ、それぞれ別々のメーカーが製造するために、発電機で作った電気を、他社のポタ電へ蓄電することは、どのメーカーも推奨していません(メーカー保証対象外)。
保証がないので、素人が手軽に接続できないのです。
電気はエネルギーの塊であり、事故が起きる可能性もあって、取り扱いが難しく、例えば、発電機で作った大きな電力を、小さなポタ電へ入れようとすると、電圧や周波数や制御方式の不一致、そして過電流の問題から機器が壊れたり、最悪の場合には事故になるかもしれません。
どのポタ電の説明書を読んでも、〇×社の発電機と接続できる、とは一言も書かれていないのです。
お互い異なるメーカー同士で、それぞれの機器の接続をチェックしているはずもなく、説明も難しいので、素人は触るな、という状況のようにも思えます。
困ったな…と思っていたときに私(平井)が見つけたのが、日本の発電機メーカー(世界シェア2位)の「KOSHIN(工進)」でした。
現在、私が知る限りでは、日本の有名メーカーでは、恐らく唯一「カセットガス式発電機」と「ポタ電」を両方製造しているのがKOSHIN(工進)なのです。
メーカーもそれぞれを接続できることを保証している製品を見繕いセットにしました。
KOSHIN(工進)GV-9igは、市販のカセットガス2本で発電できる、国土交通省超低騒音型建設機械指定のインバーター発電機です。カセットガス発電機なら手軽に安全に燃料を備蓄でき、蓄電不要で発電できるため、災害時の電源に最適。ポータブル電源BPS-6Lは、突然の突然の停電時も自動的に給電を切り替えるパススルー機能やEPS機能を搭載。非常時の発電と蓄電で電力を備えられるセットです。
また、すでに当店からVictorのポタ電をお買い上げのお客様も多数いらっしゃると思いますが、このカセットガス式発電機は、Victorのポタ電にも接続可能なことを確認しています(ただしメーカー保証対象外となります)。
詳しくは、発電機の商品ページで解説していますので、ぜひお読みください。
※KOSHIN(工進)カセットガス式インバーター発電機 GV-9ig > SEISHOPで取り扱いのある各種ポータブル電源への充電の可否
⇒ https://www.seishop.jp/view/item/000000001202
私と同じで、“いつかは発電機に手を出したい”と思っていたものの、発電機の家庭内での利用方法が限定的なため、手を出しあぐねていたお客様もきっと多いかと思います。
これならオススメです。
ご家庭の備蓄品に、ぜひご検討ください。
春分(3月20日)が過ぎ、名実ともに春を迎えました。
先週3月20日(金曜日)は、二十四節気「春分(しゅんぶん)」でした。太陽が春分点を通過するため、昼と夜の長さがほぼ等しくなる日で、世界中で本格的な春が始まる頃とされています。
日本では、この「春分の日」は、自然をたたえ、生物をいつくしむ日として、国民の祝日にもなっています。
そして春分の翌日(3月21日)は七十二候の初候「 雀始巣(すずめ はじめて すくう) 」です。スズメが巣づくりを始める頃となりました。
サクラの開花が始まり、花の蜜を吸う鳥であるメジロが、桜の枝にとまる様子を見るようになります。
暖かい陽気の日が増え、花々が咲き、繁殖期に入った小鳥の活発なさえずりが聞こえる頃で、名実ともに“春”を迎えました。
春分ついでの余談ですが…、
いま話題のイランという宗教国家は、イスラムでも珍しい独自の「イラン暦」を採用しています。
そして、イラン暦では、毎年「春分の日(ノウルーズ)」が元日で、イランではこの日に新年が始まるのだそうです。
「イラン暦」の起源は、2500年前にさかのぼる古代イランの宗教であるミトラ教やゾロアスター教にあるそうで、春分(ノウルーズ)の前の年末には「火祭り(チャハールシャンベ・スーリー)」で、前年までの不運を燃やし清める、といった意味の“厄払い・浄化”を目的とする年越しの伝統儀式が行なわれるそうです。
イランのノウルーズ(春分と年越し)には、再生と復活、新しい始まり、といった意味が込められており、ノウルーズは、ユネスコの無形文化遺産にも登録されています。
開戦当初、アメリカ側は「4週間ほど」で終結する目論見だったとも言われていました。開戦から3週間くらいが、ちょうどこの「ノウルーズ」にあたりますから、今回の軍事作戦は、そうしたイラン暦の新年を見越して行われたのかもしれません。
昼と夜の長さがほぼ同じ日
地球は太陽の周りを1年間かけて1周します。
地動説であれ、例え天動説であれ、地球から見た太陽は、1年で天空を1周するように見えるのです。
空を見上げれば、幻想でもなく、太陽が1年で通る道は変わりません。
その「太陽が見かけ上通る道(大円)」を「黄道(こうどう)」と呼びます。
一方、地球は球体で回転しており、その回転軸に対しちょうど真ん中の位置にあるのが「赤道(せきどう)」です。
赤道は、地球を北半球と南半球とに分ける境界線といえます。
ただ、地球の回転軸は垂直ではなく23.4度傾いているため、地球から見た黄道と、地球の回転軸に対して直角の空の赤道とは、その軌道に大きな食い違いが生じます。
この食い違いから、天空の赤道と黄道とは1年に2回だけ「春分」と「秋分」の日に交わっているのです。
つまり、天空の赤道(地球の赤道を天球に投影した大円)と黄道(地球の公転面を天球に投影した大円)は、常に2か所で交わる大円同士なのです。
太陽が1年のうち春分と秋分のときにだけ、その交点を通過することから、その日に「昼と夜の長さがほぼ同じ」現象が起きることになります。
そして昔の人は、昼夜が同じ“不思議な日”を季節の基準としました。古代バビロニア、古代ギリシヤ、古代中国など世界中の古代文明が共通して「春分」を特別視しました。
どの文明でも毎年安定して起こる「春分」は、観測が容易であり、また、農業社会にとっては春の起点となるため、季節の区切りに都合がよかったからです。
農業の暦でもある「二十四節気七十二候」
二十四節気七十二候とは、私たちが思う以上に、長く積み重ねられてきた歴史と観察の記録です。
二十四節気七十二候という暦は、もともと中国大陸のものでした。
はるか昔の人類は「月の満ち欠け」を基準にした太陰暦(朔望月)を使っていたそうです。しかし、ここで大きな問題が発覚します。
29.5日サイクルの月の満ち欠け「太陰暦」での1年(約354日)は、太陽の本当の季節サイクル(約365日)に比べると、約11日も短く、毎年どんどん季節からズレる問題が発生したのでした。
食糧の生産を、太陽のエネルギーと自然の恵みに依存した古代の農業では、種まきのタイミングや、雨季の到来、気温上昇の時期や、害虫の発生など、作物の生長段階ごとに太陽の運行(季節変化)を精密に捉えることが死活問題でした。
そうして、この暦のズレを補正するため、もっと太陽の動きを観測することで「二十四節気」が考案されることになります。
つまり、二十四節気七十二候は 太陽の動きを基準とした天文学的な「暦」となるのです。
二十四節気七十二候の歴史
二十四節気の源流は、殷や周といった古代中国の時代(紀元前1300年頃)にさかのぼるとされています。
古代中国では、この頃すでに太陰太陽暦(月の満ち欠けと閏月による季節補正)で作られた暦が使用されており、昼夜の長さが等しい日(春分・秋分の“二分”)と日影の最長日・最短日(冬至・夏至の“二至”)という“二至二分”が観測されていたとされます。
太陽の高さや影の長さを測る素朴な観測道具を使って、人類は季節の基本的なリズムを発見したのです。
紀元前11世紀〜紀元前3世紀の古代中国の史書『尚書(書経)』には、春分を「日中」、秋分は「宵中」と表しているそうです。やがて中国の戦国時代(紀元前300年代)になると、1年を24等分にする二十四節気の原型が発明されることになりました。
どうして24だったのかというと、二至二分とその中間にある立春・立夏・立秋・立冬などを組み合わせると八つの節目(八節)ができ、それぞれをさらに三分すればぴったり24になるからです。
そして、この24等分の半月ごとの小さな区切りが、農作業にとって、とても役に立ったのでした。
毎年の種まきの時期や収穫の時期を知る目安はもちろん、雨季の到来、虫の動きや、動植物の変化など、生活を支える自然のサイクルを知るカレンダーとして最適だったのです。
ただ、当時の二十四節気はあくまで太陽年を「24で割る」という平等割り算の発想が中心で、太陽の本当の動きを精密に追うものではありませんでした。現代の暦より1日や2日のズレが出ることもしばしばあったそうで、これを「平気法」と呼んでいます。
時代が下り、隋・唐の頃(6世紀〜10世紀)になると、このズレを修正しようとする動きが出てきます。
太陽の見かけの動きを一定間隔ではなく、実際の黄道上の位置(視黄経)によって区切ろうとしました。
この太陽の黄経を24等分し、その区分点にあたる日を「節気」(二十四節気)と名付けて、さらに各節気の間を3等分して、それぞれ初候、二候、三候と順番に名付けたものが(七十二候)です。
これが後に「定気法」と呼ばれる方式で、太陽が黄経0度(春分)、15度(清明)、30度(穀雨)、45度(立夏)…90度(夏至)…180度(秋分)…270度(冬至)といった角度に来た瞬間を節気の境としました。
とはいえ、中国の伝統暦に定気法が正式に導入されるのはずっと後のことで、明末〜清初の1645年、キリスト教科学と西洋天文学を導入して作られた「時憲暦」で、初めて、春分(黄経0度)、秋分(黄経180度)という現代と同じ定義が採用されることになったそうです。
戦国時代の「呂氏春秋」(紀元前239年)には、すでに候の原型が記録され、紀元前2世紀の「逸周書・時訓解」では、ほぼ現行に近い形が見られるのだそうです。
その後、この中国の体系は、奈良・平安期(862年)に日本へ伝来することになり、日本の四季風土の中で独自に育っていきます。
それは、温帯湿潤な日本と中国(黄河流域の気候)では気候が違うためでした。
江戸時代に渋川春海(1639〜1715)という人がこれを改良して日本独自の暦「新制七十二候(本朝七十二候)」をつくり、梅雨や台風、動植物の違いなど、日本の季節に合うように丁寧に修正しました。
いずれにせよ、二十四節気七十二候の暦は、日本で1200年近くにわたって親しまれてきました。
「立春」「小満」「白露」や、「鶯始鳴(うぐいす はじめてなく)」「桜始開(さくら はじめて ひらく)」といった二十四節気七十二候のなかの古い言葉の数々は、自然に寄り添って生きてきた人類の知恵の結晶でもあり、今でも、細やかな季節の移ろい具合を私たちに知らせてくれる目安になっています。
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《 執筆者 》
SEI SHOP(セイショップ)総合プロデューサー
平井敬也(ひらいひろや)
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