おはようございます。
2011年3月11日の「東日本大震災(M9.1)」と「福島第一原発事故」から今年で 15年 (5457日) を迎えます。
2024年1月1日の「令和6年能登半島地震(M7.6)」から 2年 (777日) が過ぎました。
1995年1月17日の「阪神・淡路大震災(M7.3 死者6,437人、重軽傷者43,792人)」から 31年目 です。
さて…、
今週2月19日(木曜日)は、二十四節気の「雨水(うすい)」を迎えます。
雨水は“雪が雨に変わり、農耕の準備を始める頃”です。
本州の農家では、そろそろ苗づくり、土づくり、資材手配、機械整備と稲作や畑の準備を始める頃かもしれません。
日本列島のまんなか、東京や大阪あたりのもっとも寒い時期は、例年1月から2月中旬までです。これから、春に向って季節は移ろいで参ります。
「旧大祓(年越し)」と「旧元日」の民俗学的一考察
本日(2月16日)は「旧暦の大祓(年越し)」、明日(2月17日)は、旧暦(太陰太陽暦)での1月1日である「旧元日(旧正月)」です。
明治6年(1873年)の「明治改暦」によって、新暦へ完全移行した今の日本では、旧正月を全国的に祝う神道行事は基本的に存在していません。
だから、日本では、旧正月には何もありません。
しかし、沖縄・奄美地方では、今も、旧暦文化が深く残っており、旧暦1月1日(ソーグワチ)を祝う地域習俗が知られています。
ソーグワチでは、旧正月に若水を汲み、仏壇や火の神(ヒヌカン)に供えることから1日が始まります。若水は「若返りの水(再生の象徴)」とされ、新年の初めに清らかな水を神仏に供えて、火の神(ヒヌカン)へ家内安全(無病息災)・厄除けを祈願する、といいます。
明治改暦の当時、沖縄はまだ「琉球王国」でした。
約500年にわたる中国との冊封体制のなかで、文化的に旧暦の「中国暦(時憲暦)」が深く根付いていたこともあるのでしょう。ただ、この琉球王国が本格的に日本に編入・併合された明治12年(1879年)は、明治政府が新暦の移行を行なった後になるので、暦を移行するチャンスを失ったことも、今も沖縄に旧暦文化が残る理由の一つなのかもしれません。
旧暦は、その土地ならではの気候や風土が育んできた暦です。
そうした旧暦文化が今も大切に受け継がれていることには、深い価値がありますね。
さて一方、横浜、神戸、長崎の中華街の旧正月は派手です。
中華圏では、旧暦1月1日に春節を盛大に祝う文化が残っていて、中華系コミュニティでは、この日に、獅子舞、龍舞、花火、ステージイベントなどたいへん賑やかに新年を迎えます。
春節の爆竹(鞭炮)には、災いを避ける(邪気払い・厄除け)意味があるそうで、爆竹の大音量や火の光は、怪物「年(ニェン)」などの災厄を退けるのだといいます。
つまり、春節の行事を通じて、古い気(悪運)を払い“清め”てから、新しい年の安全などを祈るという、日本と同じ、年越しの儀式の名残りなんですね。
日本の正月は、掃除で災厄を払い清め(大祓)、新年に神様を迎えて無病息災・豊年を祈るといった静かな行事である一方、中華圏(爆竹)やヨーロッパ諸国の花火や大きな騒音を鳴らす年越し行事も、いずれも邪気払い・悪霊を追い払う目的として広まったと考えられているようで、その民族学的な根っこの部分は全てほとんど同じようにも思えます。
アイルランドでは、パンを壁やドアに叩きつけて大きな音を出し、デンマークでは皿を投げて割るといった年越しの風習が残っているそうですが、これらは民俗学的には「大きな音」を出すことによる邪気払い(悪霊よけ)なんだそうです。
こうした、災厄除けをして、幸運・繁栄・無病息災などの願いを“年越し”に込める文化は、アジアだけの特徴というわけでなく、ヨーロッパ・中東・南米・アフリカなど世界中で共通して見られる、人類共通の普遍的な年越し観のようです。
多くの国が花火や爆竹の音や光で“外部から襲う災厄”を退けるのに対して、日本の年越しでは、祓えや清めによって“内から積もる穢れ”を落として整える方向である、というのが興味深いところです。(日本にも“鬼は外”の風習もありますが…)
歴史的に隣国からの侵略に怯えることが多かった大陸と、外敵の少なかった島国との違いなのかもしれません。
ふと、そんなことを考えました。
北海道宗谷地方南部で地震頻発、専門家が注意を呼びかけ
北海道宗谷地方南部(中頓別町、浜頓別町周辺)は普段、年間に体に感じる地震がわずか数回しかないほど静かな地域です。昨年1年間で観測された有感地震はわずか9回だけだそうで、そのうち震度3は2回しかありませんでした。
直近では2025年12月20日のM3.3(最大震度1)の地震くらいで、特に規模の大きな地震はこれまで発生していません。
しかし2026年1月12日から状況が一変しました。
1月12日にマグニチュード5.1、1月13日にM5.2、1月28日にはM4.7、M4.4の比較的に大きな地震(いずれも幌延町や猿払村などで最大震度3)も観測されています。
1996年以降、30年間で数えるくらいしか地震がなかった宗谷地方南部では、震度1以上の地震が、1月12日から2月13日までの1カ月間に42回、震度3も6回観測され、住民が「これほど頻繁に続くのは初めて」と語るほどの異例の群発地震の状態となりました。
この地域は、大きな地震だと、今回とは少し場所が異なる宗谷地方北部を震源に、2022年8月11日にM5.1とM5.3の2度ほど上川中川町で「震度5強」が観測されています。
また、宗谷地方南部では、1968年7月17日から18日にかけ、幌延町問寒別(ほろのべちょう・といかんべつ)周辺でM4規模の局地的な群発地震が発生し、局地的には震度5相当の揺れで建物被害があったことが記録に残っているそうです。
という訳で、今回の地震は、宗谷地方南部で記録が残る地震のうち、過去最も規模の大きな地震となったようです。
先週2月11日(水曜日)、政府の地震調査委員会(小原一成委員長)は会見を開き…
《 今回の地震の原因はまだよく分らないが、震源の近くではかなり強い揺れを伴うので十分注意して欲しい 》
と注意を呼びかけました。
会見をみて思うに、専門家らも、この地域の地震については、ほとんど何もわかっていないようです。
さて…、
この地域は基本的に地震がとても少ないエリアですが、今回のように群発的な地震がときおり発生しているようです。
だから、まったく地震がない訳ではありません。
この近隣には「問寒別断層帯(といかんべつだんそうたい)」という中規模の活断層が存在していますが、この断層は地表で確認できる範囲しか判明しておらず、地下での形状や規模が現時点では不明な状況だそうです。
こういう過去の地震活動がよくわかっていない隠れた活断層を「伏在断層」などと呼んでいますが、一般論として、地面に現れていないこうした活断層は、日本中のどこにあっても不思議でないとされています。恐らく数え切れないくらいの断層が地下に隠れているものと思われます。
地球規模で動く地震活動というものは、数百年〜千年の単位で活動したりするものなので、人間の歴史記録だけでは推し量れません。科学的にも、地震記録が少ない、また、ほとんど地震がないような地域であっても、他と比べて確率的な地震リスクは相対的には低いものの、実際に災害が発生するとなると、いつ大きな地震があっても不思議ではありません。
だからこそ、専門家は「地震が少ない地域だからこそ、万が一への備えが重要である」「近くに活断層がある以上、規模の大きな地震が起きるリスクはあるので、揺れに対する備えは必要である」と指摘しています。
世界中で発生する地震の2割と火山の1割が集中する日本列島においては、日頃から、家具の固定や寝室に倒れやすい物を置かないなど地震の対策をしておくことが肝要です。
宗谷地方のような地震が少ない地域でも、まれに強い揺れが局所的に現れる可能性があることが示された今回の群発地震は、防災意識を高める必要性を住民に強く実感させる出来事となっています。
自助の「備え」は、もしものときの家族の保険になります。
こうしたニュースに接した時に、改めて、我が家の備え、を考えてみましょう!
《 執筆者 》
SEI SHOP(セイショップ)総合プロデューサー
平井敬也(ひらいひろや)
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