おはようございます。
本年最後のメルマガです。
本日で、2011年3月11日の東日本大震災(M9.1)と福島第一原発事故から 14年(5408日)です。
2024年1月1日の令和6年能登半島地震(M7.6)から 728日 が経過しました。あと3日で 2年 です。
1995年(平成7年)1月17日の阪神・淡路大震災(死者6,437人、重軽傷者43,792人)から 30年 です。
今月12月8日の青森県東方沖地震(M7.5)と北海道・三陸沖後発地震注意情報の初の発表から3週間がたちました。
関連エリアでの大きな余震は少なくなってきているものの、先週12月26日(金曜日)にもM5.8(震度3)の比較的大きな余震も発生しました。まだ活動が続いているようですので、引き続き注意しましょう。
さて…、
今年(2025年)は、戦後80年という節目の年でした。
国同士が直接争う状況には至っていないものの、日本を取り巻く国際環境には、国際紛争の火種となり得る地政学的な懸念が絶えません。
経済産業省などのレポートによれば、現在の日本が直面する地政学リスクは、米中間の覇権争いによる東アジアの緊張、台湾海峡の不安定化、中東情勢(ガザ・イラン・紅海)の混乱に伴うエネルギー・サプライチェーンの脆弱性、さらにはロシア・北朝鮮を含む周辺国の軍事的圧力など、多方面にわたっています。
また、南海トラフ巨大地震や首都直下地震といった自然災害リスクも依然として存在します。人口・産業・インフラが沿岸部に集中している日本では、災害が社会全体に及ぼす影響が大きくなりやすい構造が続いています。
昨年(2024年)の能登半島地震や、昨年の突然の災害で落ち着いて年を越すことが難しい方もいらっしゃるかもしれませんが、皆さまにおかれましては、心穏やかに年末年始をお過ごしになれますようお祈り申し上げます。
クリスマス・イブに東京に雨は降らないのか?
「12月24日」に、都心で1mm以上の雨が降るのは、10年ぶりのことだったようです。
また、日中(9時〜18時)に0.5mm以上の雨が観測されたのは、1989年(平成元年)以来36年ぶりでした。
つまり、東京の12月24日は「特異日」と呼びたくなるほど晴れやすい、ということのようです。
このお話は、私も気象ニュースを見て、初めて知りました。
ですが、今年は、前線を伴った低気圧が日本列島を通過したため、全国的に雨のクリスマスイブになりました。
場所によってはザーザー雨が降るほどで、一時、強雨や雷雨を伴うような肌寒い一日になりました。
12月24日の東京都心(千代田区)は、日降水量9mm、1時間雨量で最大3mmの雨でした。一般的に、傘をさすか迷うレベルの「小雨」は0.5mm〜1.0mm程度なので、9ミリの雨というと割とまとまった雨だった、ということになります。
さて…。
特定の日に特定の天気が現れやすいと統計的に優位に示される日のことを便宜的に「特異日」と呼んでいます。
最も有名な晴れの特異日が11月3日(文化の日)で、ほかにも、3月14日(晴れの特異日)、6月11日(雨の特異日)、7月17日(晴れの特異日)、9月20日(晴れの特異日)などが知られています。
※関連コラム
・「文化の日」は晴れやすい「特異日」のお話(2024.11.04)
では、東京の12月24日はどうなのか?
記録が残る1875年から2025年までの150年間で千代田区で降った雨を調べると、12月24日に雨が降ったのは150年間で27回(18%)だけでした。
雨が降ったのは、2021年(0.5mm)、2015年(5mm)、1991年(0.5mm)、1989年(26mm)、1985年(0.5mm)、1980年(11.5mm)、1979年(19.0mm)、1978年(1.5mm)、1976年(1.0mm)、1972年(82.5mm*最大雨)、1964年(11.0mm)、1963年(7.2mm)、1949年(5.4mm)、1948年(4.5mm)、1943年(1.8mm)、1942年(15.2mm)、1940年(0.3mm)、1938年(5.4mm)、1937年(36.9mm)、1931年(1.2mm)、1928年(8.7mm)、1919年(2.4mm)、1890年(2.1mm)、1889年(1.3mm)、1885年(37.0mm)、1878年(1.9mm)の27回でした。
確かに少ないですね。
TBSテレビの坂口愛実さんの気象解説によると、12月24日クリスマスイブの日に、東京が晴れる確率は1991年〜2020年の30年間で93.3%もあり、1年を通し最も“晴れ”の確率が高い日だった、そうです。
30年間の晴れの確率を同様に前後の日で調べてみると、12月23日(73.3%)、12月25日(83.3%)でした。
偶然とは言いにくいレベルの偏りがあります。
12月24日のクリスマスイブは“準特異日”のような日になっていると言えそうですね。
クリスマス・イブに雨が少ない理由
気象学的には、日本の12月下旬は、西高東低の冬型の気圧配置が安定しやすい時期にあたり、日本海側では雪・雨の確率が高い一方で、太平洋側(東京など)では乾燥した晴天になりやすい傾向があります。
また、太平洋側は、湿度が低く乾燥しやすいので、雲が発達しにくく、雨が降りにくい気象条件だとも言えます。
詳しく解説します。
冬型の気圧配置により、シベリア高気圧が強まって北西の季節風が吹き続けるようになると、冷たい北西風が日本海を渡るとききに暖流(対馬海流)から大量の水蒸気を吸収します。
この湿った風が本州を縦断する高い山脈(脊梁山脈)にぶつかると日本海側に雪を降らせ、山を越えると乾燥した下降気流(フェーン)となって太平洋側は晴れる訳です。
さらに、風が山脈を越えて太平洋側に吹き下ろす頃には乾いた風になりますので、冷たい空気は水蒸気を保持できず雲ができにくいことや、冬に太平洋側に水蒸気を運ぶ低気圧が通りにくいというのが、この時期に太平洋側で晴れやすい理由となります。
つまり、この時期の東京(太平洋側)で雨や雪がまとまって降らせるのは「南岸低気圧」が接近する気象条件の時であり、そして南岸低気圧の本格的シーズンは、だいたい1月〜3月となるため、元来12月の東京は「雨が降りにくい」のだそうです。
この「暖流」と「季節風」と「山脈」という三点セットの条件が奇跡的に揃うのは日本特有だとか…。
日本だけが、世界トップの豪雪帯が形成される一方で、山を越えた反対側(太平洋側)では晴天となる“極端な天気の対比”が狭い国土内でみられるようです。
ちなみに、気象庁の冬季天候まとめ(3か月予報)では、昨年の冬季(2024年12月〜2025年2月)の太平洋側の降水量は平年比で26%〜38%と非常に少なかったそうで、今年の予想(2025年12月〜2026年2月)では、日本海側の雪は「平年並〜多い」、太平洋側の雨は「少ない見込み」とのことです。
今季の冬の太平洋側地域も「晴天が多い」かもしれません。
天気予報によると、年末は日本海側で寒気が後退するため雨が多く、太平洋側は晴・曇が多いようですが、年明けから冬型の気圧配置が強くなり、北日本では真冬日、全国的にも寒くなるそうです。
寒い正月となりそうですので、体調管理にお気を付け下さい。
※関連コラム
・フェーン現象 > 過去150年でいちばん暑い夏の北海道(2025.07.28)
・南岸低気圧 > 春の訪れ告げる春雷と荒天のお話(2025.03.31)
・南岸低気圧 > 寒波に備える「新潟大停電(2005年)」の教訓(2025.02.03)
首都直下地震の想定が見直されました。
12月19日(金曜日)、日本政府は12年ぶりに「首都直下地震」の被害想定を見直しました。
首都直下地震は、30年以内に70%程度の確率で発生するとされるマグニチュード7クラスの地震です。
今回、政府のワーキンググループが約2年かけてまとめた報告書によれば、都心南部直下でM7クラスの地震が冬の夕方に発生した場合、死者は最大1万8000人、経済被害は83兆円に達します。
震度6弱以上の揺れは茨城から神奈川まで広がり、江東区では震度7が想定され、建物の全壊・焼失は約40万棟に及び、そのうち約1万2000人が火災で命を落とすと推計されました。
前回2013年の想定から、建物倒壊や火災による死者は減少したものの、政府が掲げた「10年で死者半減」という目標には届きませんでした。
耐震化や感震ブレーカーの普及、木造密集地域の改善など一定の成果は見られ、都市の人口増や建築物の増加がリスクを押し上げているようです。
さらに、災害関連死は1万6000〜4万1000人と見積もられ、停電・断水・避難生活の長期化が命を奪う可能性も示されました。
ライフラインの復旧には1か月以上かかる場合があり、特に東京湾岸の火力発電所が被災すれば計画停電やブラックアウトの恐れもあるとされます。企業活動や行政機能の停滞は、首都圏だけでなく日本全体、さらには海外にも影響を及ぼすと指摘されています。
東京都では一部前提条件に異議が唱えられているものの、巨大都市が抱える脆弱性が消えるわけではありません。
そして、今回の報告書が強調したのは「自分ごと」として備える姿勢でした。
最大840万人とされる帰宅困難者のうち多くは職場や学校に留まる必要があり、3日以上滞在できる備えが求められます。
避難者は最大480万人に達し、ピークは発災直後ではなく2週間後と見込まれ、避難所より在宅避難の方が生活の質を保ちやすいことから、住宅の耐震化、家具固定、食料・水の備蓄、感震ブレーカーの設置など、個人の備えが被害軽減の鍵となるとしています。
首都直下地震は「いつか来る災害」ではなく、「いつ来てもおかしくない」ということを念頭に、今回の想定では、行政の対策だけでは限界があることを明確に示されました。
都市の脆弱性を前に、私たち一人ひとりがどこまで主体的に備えを進められるか。その姿勢こそが、被害を最小限に抑える最後の砦となります。
※内閣府 > 首都直下地震の被害想定と対策について(報告書等)(2025.12.19)
https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg_02/index.html
※都心南部直下地震の被害想定【定量的な被害量】(2025.12.19)
https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg_02/pdf/r7higai_soutei1.pdf
※都心南部直下地震の被害想定【被害の様相】(2025.12.19)
https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg_02/pdf/r7higai_soutei3.pdf
※首都直下地震における被害のシナリオ(私たちの身の周りで起こること)
https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg_02/pdf/r7higai_soutei5.pdf
発災1週間で最大約1,300万食の食料が不足する
恐らくニュースでは食料・物資についての政府想定について、あまり細かい言及はされないでしょう。ここでは、今回の報告書に基づいて、食料問題をピックアップします。
まず、前提として、今回の報告書には、現在、想定被災地域では「従業員向けに3日分以上の飲料水・食料の備蓄を行っている企業は5割程度にとどまり、このうち、大企業は約8割、中小企業は約4割となっている」との現状分析があります。
そして、首都直下地震(都心南部直下地震)における物資、特に食料の不足については、発災直後から復興期に至るまで、膨大な需要と供給網の寸断を前提とした厳しい想定がなされました。
発災後から復興期まで、時系列に沿った不足のシナリオは以下の通りにまとめられています。
●発災直後〜数日後:
避難所への避難者や在宅避難者による膨大な需要に対して、家庭備蓄や自治体の公的備蓄だけでは食料が大幅に不足する地域が発生するようです。被災地域内のコンビニエンスストアや小売り店舗の在庫は「数時間で売り切れる」と予測されました。また、全国的な買い占めが発生し、被災地外でも物資が不足するおそれがあります。
●発災1週間後:
避難所避難者向けの食料不足量は、発災後1週間で最大で約1,300万食に達すると想定されています。
在宅避難者についても、日常生活で消費予定だった食料を除いた「要対策検討量」は約1.7億食という極めて膨大な量です。
この時期には、温かい食事や生鮮食料品へのニーズが高まりますが、燃料不足や道路の寸断により配送の遅延が継続すると考えられています。
●発災数か月後〜復興期:
主要な港湾(東京・横浜・川崎・千葉)の被災により海外からの食品輸入が滞ることで、全国的に食品価格の上昇を招きます。市民生活に長期的な影響を及ぼす可能性があります。
また、特定のオンリーワン企業が被災した場合、その代替が効かない商品の不足や価格高騰が数か月以上続くことも想定されました。
首都直下地震という国難級の事態において、食料などの物資不足は発災直後から深刻化します。
被災地内の小売店舗では数時間で在庫が売り切れるほか、避難所避難者向けだけでも発災後1週間で最大約1,300万食の食料が不足すると試算されました。
在宅避難者の「要対策検討量」も約1.7億食という膨大な量にのぼり、この不足量は地域ごとに「1人1日3食」を基本需要として、自治体・家庭の備蓄に周辺自治体からの「余剰の半分」という応援供給を組み合わせて緻密に分析されますが、主要港湾の被災は復興期まで食品輸入の停滞や全国的な価格高騰という長期的な影を落とします。
この危機を乗り越える対策の要は、各家庭で最低3日分、推奨1週間分の備蓄を日常的に回す「ローリングストック(循環備蓄)」の徹底という自助に委ねられており、これを行政による「プッシュ型支援」や船舶・ドローン等を用いた輸送手段の多重化といった公助が支えることで、限られたリソースを真に支援が必要な層へ集中させる戦略的な役割分担が想定されています。
物資の供給は、人体における「血液の循環」に例えることができますが、家庭備蓄は各細胞に蓄えられたエネルギー、物流網は血管です。巨大地震によって「血管(道路・港湾)」が傷つき血流が滞るため、細胞自身に蓄え(家庭備蓄)がないと、外部からの「輸血(支援物資)」が届くまでの間に組織が機能不全に陥ってしまいます。
大都市の被災時に周辺自治体が十分に機能し得るのか?
大規模災害が発生した際、自治体同士が支援協定を結び、物資や人員を融通し合う仕組みは今では広く知られています。
とくに近隣自治体との連携は、初動対応を支える重要な柱とされています。
しかし、昔から「大都市は小都市を救えるが、小都市がいくら集まっても大都市を救えない」という言い回しがあるように、都市規模の違いが生む“支援能力の非対称性”は、現実の災害対応において無視できない問題と私は考えます。
大都市は人口もインフラも集中しているため、被災した際に必要となる物資量や人員規模は桁違いです。
一方、小都市は平時の行政体制そのものがコンパクトであり、災害時に応援に回せる余力は限られています。
だからこそ、いくら数を集めても、単純な足し算では大都市の需要に追いつかないという構造的な限界が存在します。
したがって、小が幾ら集まっても大を救えないのです。
さらに、首都圏や政令市のような大都市圏では、周辺自治体も同時に被災する「広域同時被災」が起こりやすく、応援協定が機能しない可能性が高まります。協定そのものは平時の安心材料になりますが、実際には道路寸断、燃料不足、通信障害などが重なり、支援側の自治体も動けなくなることがあります。つまり、制度として協定が存在しても、災害の規模と被害の広がりによっては“紙の上では成立しているが、現場では成立しない”という状況が起こり得るのです。
このような現実を踏まえると、大都市の災害対応は「周辺自治体が助けに来てくれる」という前提だけでは成立しません。
むしろ、大都市自身が自立的に持ちこたえるための備蓄、代替ルートの確保、分散型の行政機能、そして国レベルの支援体制が不可欠なのではないかと思われます。
首都直下地震に限った場合、小都市の支援はあくまで“補助的”であり、中心的な役割を担わせることは構造的に難しいのです。
それでも、自治体間の協力が無意味というわけではありません。小都市の支援は、大都市の中でも特定の区や避難所、あるいは専門的な分野に対してピンポイントで効果を発揮することがあります。
ただし、それは“大都市全体を救う”というより、“大都市の一部を支える”という役割に近いものとなるでしょう。
こうした現実を正しく理解し、期待値を適切に設定することが、災害対策の議論においては欠かせないでしょう。
大都市と小都市の支援能力の差は、単なる規模の違いではなく、行政構造、人口密度、インフラの集中度、そして災害時の需要量の差が生み出す必然的なものです。だからこそ、私たちは「協定があるから安心」という表面的な理解にとどまらず、都市規模ごとの限界と役割を冷静に見つめ直す必要があるかと考えます。
大都市の脆弱性を補うためには、自治体間連携だけでなく、国・広域自治体・民間・地域コミュニティを含めた多層的な備えが求められているのです。
《 執筆者 》
SEI SHOP(セイショップ)総合プロデューサー
平井敬也(ひらいひろや)
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