おはようございます。
本日で、2011年3月11日の東日本大震災(M9.1)と福島第一原発事故から 14年(5373日)です。
2024年1月1日の令和6年能登半島地震(M7.6)から1年10ヶ月(693日)です。
1995年(平成7年)1月17日の阪神・淡路大震災(死者6,437人、重軽傷者43,792人)から 30年 です。
七十二候の「虹蔵不見(にじかくれてみえず)」
昨日11月23日(日曜日)は、七十二候の「虹蔵不見(にじかくれてみえず)」です。
小雪を迎え、冬が徐々に深まってきたため、この頃は、昼が短く、日差しが弱く曇りがちの空模様のため、空を見上げても虹を見ることが少なくなりました。
そして、本日11月24日(月曜日)は 勤労感謝の日 の振替休日で、酉の市「 二の酉(にのとり)」でもあります。
江戸時代からの俗説で、3回目(三の酉)がある年に「火事が多くなる」と信じられてきました。
昨年(2024年)は、酉の市が、11月5日、17日、29日の3回ありましたが、その一方で、今年(2025年)は「三の酉」はありません。
空気が乾燥する冬のこの時季には、火事が多くなります。
火事と喧嘩は江戸の華と言われて時代に、火の用心を促す言葉として広まったと考えられています。
冬の乾燥した強風と大火の原因
今年(2025年)はすでに、東京や近畿地方の「木枯らし1号」が昨年より4日早く 11月3日(3週間前) に発表されました。
木枯らしは、西高東低の冬型の気圧配置となった際に吹く、最大風速が約8メートル以上の冷たい冬の北風のことで、冬の訪れを告げる季節風です。
木枯らしが吹いた、と気象庁で発表する対象地域は、実は、近畿地方と関東地方に限られています。
北風は日本全国で吹くものの、そのため、他の地方で「木枯らし1号」が吹く(発表される)ことはありません。
その語源は、木の葉を落とし、木を枯れ木のように見せることから名付けられたというのが定説で、古くは「木の葉落とし」とも呼ばれたそうです。
ほかにも「木嵐(コアラシ)」とか、強い風で木が鳴るから「木鳴(コナラシ)」と呼んでいたのが転じた、とする説もあるそうです。
木々から葉が落ち、乾燥した冬に、樹木がこすれるくらい強い風が吹けば、摩擦により火災やら山火事が起きそうです。
しかし、実際は、強風そのものの摩擦で木々を「自然発火」させるようなことは極めて稀なのだそうです。
ほとんどの大規模森林火災は、こうした強風が火の拡大や飛び火を助長させたものの、そもそもの最初の発火原因は乾燥や落雷、放火や失火(人為的火災)によることが多いと考えらえています。
さて、今年2025年2月26日には、岩手県大船渡市でも大規模な林野火災(建物被害222棟 焼損3,370ヘクタール)が発生しました。
この時期の大船渡市は、約60年間で3番目に雨が少ない観測史上最少レベルの少雨を記録し、落葉や枯れ枝などの可燃物が乾燥し、火がつきやすい状態だったとされます。
そして、強風(最大瞬間風速18.1メートル)とリアス式海岸の複雑な地形が風を乱したことで、火の粉が湾を越え広範囲に“飛び火”が起こり、同時多発的に火災が発生したため、3月9日に鎮圧、4月7日に鎮火されるまで火は発生から1か月以上、41日間も燃え続ける、平成以降最大規模の林野火災となりました。
出火の原因は未解明(調査中)ですが、極端な乾燥と強風と地形という環境条件が重なったことが火災拡大の危険因子と考えられています。
※関連コラム
・山火事のおきやすい3月のお話(2025.03.03)
火の粉(飛び火)が海を越えた「大分市佐賀関大規模火災」
11月18日(火曜日)午後5時40分頃、大分県大分市佐賀関の住宅密集地から始まった火災は、強風と乾燥が重なったことで、170棟以上を延焼させる大規模火災へと発展しました。
「鎮圧(飛び火した離島の蔦島は除く)」が発表されたのは、20日午前11時とのことで、3日間燃え続けたのでした。(※発生から1週間、2025年11月24日(月)PM19:00時点で、火が完全に消し止められる「鎮火」の見通しは住宅地を含めて立っていません)
焼損面積48,900平米、平成以降では日本最大規模の市街地火災(都市大火)となりました。
当時、「豊後水道の海風」とされる西寄りの強風(最大瞬間風速12.4メートル)が吹いていたそうで、これら海から山へと続く傾斜地形が火勢を拡大させた要因となりました。
また、現場は、消防車が入れないほどの狭い通路にある木造家屋が密集する住宅地で、しかもこれらの家のほとんどが空き家だったことも、消火活動を困難とした要因となりました。
そして、強風(海風)ですが、驚くことに、火の粉が海を越えて約1.4キロメートルも離れた無人島の蔦島にも飛び火(延焼拡大)しています。
「飛び火」の解説は読んで字の如くですが、あえて解説すると、火災現場から離れた場所に火の粉などが飛んで新たな火災を発生させる現象のことです。
燃えた枝葉や家の屋根とかの家材の「火の粉」が上昇気流に乗って強風で運ばれ、乾燥した可燃物に落ちて着火すると火が広がり延焼するのです。
飛び火は火災の延焼を加速させる最大の要因の一つで、世界的には、数キロ単位で火の粉が飛ぶことも記録に残ります。
とくに森林火災では、樹冠火や強風により火の粉が数十キロ先まで到達した事例もあり、都市火災でも海を越えて飛び火したケースが確認されています。
世界記録というのが認定されているかどうかは知りませんが、飛び火の世界最長記録とされているのは、2009年2月のオーストラリア・ビクトリア州で発生した世界最大の森林火災(死者173人、重軽傷者414人、動物被害100万頭、焼損家屋3,500棟 焼損450,000ヘクタール)でのことで、このときの火の粉は、約40キロメートル先まで飛んで、同時多発的に火災が発生したとされています。
屋根から白煙が見えた後、炎が上がった(住民の証言)
住宅火災時に怖いのが、この“飛び火”です。
都市大火の特徴は、道路事情で消防車両が展開しにくい条件下の住宅密集地で、かつ、強風・乾燥を伴って非常に速く延焼することです。
2016年12月22日、新潟県糸魚川市の住宅密集地で発生した火災(糸魚川大火・糸魚川市大規模火災という)は、わずか数時間で広範囲に延焼し、約30時間にわたって燃え続け、144棟を焼失し17人が負傷する大惨事となりました。
消防車235台、延べ1,887人もの消防関係者が消火にあたったにもかかわらず火を止めることはできませんでした。
その背景には、強風により、火の粉が屋根瓦の隙間や軒下、窓枠、通風口などから侵入し、外から見えにくい内部で潜伏してから急に燃え広がるという特性もありました。
屋根裏や壁内に火が潜むと外からは煙が見えにくく発見が遅れ、乾燥した木材や断熱材に火が走ることで瞬時に家全体へ拡大し、やがて屋根や壁を突き破って隣家へ飛び火するという連鎖が起こります。
関東大震災(1923年)の大火でもみられたこうした内部燃焼は外からの放水では効果が限定的で、解体しないと完全消火が難しく、強風が火の粉を次々と運んで同時多発的に火災が発生するため、消防力を集中しても延焼を止められないとされます。
こうした都市大火の特徴は、道路事情で消防車両が展開しにくい条件下となる住宅密集地で、かつ、強風・乾燥を伴って非常に速く延焼してしまうことです。
そして、糸魚川で発生した都市火災は、後の消防の教訓となりました。
都市大火の教訓
糸魚川市の大火(2016年)が起きるまでは、山形県の酒田大火(1976年)を最後に、その後40年間にわたり、日本では大規模な都市火災は発生しませんでした。
そのため、多くの人が、100棟以上が燃えるような大規模な都市火災は、現代社会では(大地震の火災を除き)平常時にはもう発生しないだろう、と考えていました。
大規模な都市火災(都市大火)が、戦後に激減したのは、消防技術の進歩、法整備などによる消火設備の普及、近代的な都市計画や建物の耐火性能の向上したことに加え、全国各地の消防が24時間365日体制で常備配備されるようになったからです。
この成果により、ほとんどの火災は大規模な延焼に至る前に食い止めることが可能となりました。そしていつしか「都市大火の終焉」が囁かれるようになっていったのです。
近年では、消防力の向上という過去の成功体験が、強風などの不利な条件が揃った際に“いつでも起こり得るかもしれない”大規模延焼の危険性への「災害想定」を薄れさせてしまったようです。
この間に、消防・消火戦術の中心は、しだいに都市火災から「単独住宅火災」「高層建物火災」「林野火災」などに移っていきました。
そうして日本の消防戦術が都市大火を平常時に想定することがあまりなくなってきた頃に発生した「大規模木造住宅密集地火災(都市大火)」が糸魚川市大規模火災だったのです。
消防の想定不足が浮き彫りとなった糸魚川市の事例を契機に、その後、全国的に延焼防止や初期消火戦術の見直しが進められることになりました。
ちなみに、40年は世代交代するのに十分な時間です。
諺に、災害は忘れた頃やって来る、とされますが、想定外が起る大災害では、想定の希薄化によって被害が拡大することもある、という訳です。
※関連コラム
・過去の大火災から得た教訓(2023.11.08)
・寺田寅彦「天災は忘れた頃来る」
約50年ぶりの大分市佐賀関の“大火(都市火災)”
最後に余談になりますが、「大火」には明確な法律上の定義はありません。
ただし総務省消防庁の統計上の区分では「建物の焼損面積が33,000平米(約1万坪)以上の火災」を大火としています。
これが便宜的な大火基準とされます。
2016年の糸魚川市の火災は「糸魚川大火」と呼ばれましたが、後の消防庁調査で焼損面積(30,412平米)と基準を下回ったため、現在は「糸魚川市大規模火災」と呼ばれることが多くなっています。
これに対し、今回の大分市佐賀関の大規模火災は焼損面積が基準を超えたため、消防記録上は「酒田大火(1976年)以来となる約50年ぶりの大火」と位置づけられることになりました。
都市大火は地震直後にも発生しています。
例えば、1923年の関東大震災では旧東京市内で約32,660,000平米が焼失、1995年の阪神・淡路大震災では神戸市長田区で約1,000,000平米以上が焼損しました。一方、2011年の東日本大震災では約370件の火災が散発的に発生しましたが、いずれも焼損面積は1,000平米未満にとどまりました。
大地震の直後の被災地を、さらに都市火災という二次災害が襲い、より多くの命を奪ったのです。
ドジャース優勝で沸いた米ロサンゼルスでは、今年1月(2025年1月7日〜31日)に「パリセーズ火災」が発生しました。
森林火災と都市火災が複合的に広がり、約95平方キロメートルが焼失、死者・行方不明者は19人、建物被害は全焼6,837棟・焼損1,017棟に及び、被害総額は約4兆円と推定されています。
原因は放火とされ、火災の恐ろしさを改めて思い知らされる出来事となりました。
※関連コラム
・火の用心の季節に:「大火」とは何か?(2023.10.23)
《 執筆者 》
SEI SHOP(セイショップ)総合プロデューサー
平井敬也(ひらいひろや)
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